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2025.4月開催 坂本知忠先生から学ぶプレクシャ・メディテーション-プレクシャ・ヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス-

プレクシャ・メディテーションは、今から約2600年前、ブッダの時代からインドに伝わる古代瞑想法を、やはり仏教と同じ時代から存在し受け継がれている古代宗教ジャイナ教(テーラパンタ派)の前最高指導者であるアチャーリヤ・マハープラギャ師が、最新科学の知見を採り入れて現代的に再構成した古くて新しい瞑想法です。

理論面、実践面ともに、細かく体系的に構築されている瞑想法であるため、説明が平易で、初心者でも簡単にはじめられる内容になっています。

理論的には非常に深遠な内容を含んでいますので、他の瞑想やヨガに通じた人、親しんでいる人にも大いに参考になります。

内容)
ヨガ:瞑想できる体づくりヨガ
讃歌:「プレクシャ・メディテーション 讃歌・マントラ・スートラ集」から1-2歌
講義・瞑想:中~上級者向け内容

日時:2025年4月6日(日)10-12時(開場:9時半)

会場:茗荷谷中央大学キャンパス2階(住所:大塚1丁目4番地)
*丸の内線茗荷谷駅前の春日通りを左に行くと、新設の中央大学茗荷谷キャンパスがあり、その2階になります。中央大学正面入り口の手前左側に階段、右側にエレベーターがあります。お間違いのないようご注意ください。2階に上がって頂き、入り口に入り、左に進み、受付窓口先を右に曲がった正面扉に、「元気アップヨガ」の貼紙がございまして会場になります。施設の関係上「プレクシャ・メディテーション」の記載ではありませんので、ご了承ください。


会場参加受講料:2000円
アーカイブ動画視聴:1000円
*アーカイブ動画視聴の場合、クラス終了後1週間以内に、クラス動画を共有させて頂きます

指導者:伊東真知子(指導ランク:講師)*ヨガ担当*

日本プレクシャ・ディヤーナ協会 役員
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印5回(2019年3月時点)
1980年沖ヨガ入門
1982年ヨガ指導開始
2008年プレクシャ・メディテーション指導開始
月2回神保町区民館にてヨガと瞑想クラス開催

指導者:坂本知忠(指導ランク:教師)*讃歌、講義、瞑想担当*

 
日本プレクシャ・ディヤーナ協会会長
水晶瞑想両方研究所主宰
ヨガ瞑想指導歴35年以上
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印13回
2015年プレクシャ・アウオード受賞
著書:「白神山地」「虹のクリスタル・ワーク」「ジャイナ教の瞑想法」「勝利者の瞑想法」「坐禅の源流印度へ」「自分で自分の医者になる」他

問合先:日本プレクシャ・ディヤーナ協会(japan@preksha.com)

申込先:こちらお申込み
*リンク先へ移行できない方は「問合先」まで氏名、携帯電話をご明記の上、お申込みください。 

コラム[オンライン瞑想と師資相承]

新型コロナウイルス感染対策で密閉、密集、密接を避けるために大勢での集会や会合が出来なくなった。自宅謹慎を要請されているため、退屈で時間を持て余したり、運動不足に悩む人も多い。また、人と人との接触を断たれた孤独な高齢者の痴呆が進行しているなどの問題も起こっている。

このような状況下、インターネット動画サイトには有名無名のアスリート達によって沢山の身体エキササイズの投稿がなされている。ヨガのインストラクターによるエキササイズ動画も多い。

大勢が同席する会議が出来ないので、ムーブなどによるテレビ会議も急速に一般化した。学習塾などもオンライン授業が普及した。瞑想クラスをオンライン授業で行う試みもなされている。オンライン婚活やオンライン葬儀まで登場してきたのには、ここまで来たかと驚くばかりである。オンライン飲み会が行われるのだから、オンライン風俗もあるのかもしれない。

情報機器をつかって今までできなかった画像をともなう夢のような相互通信が可能になってきた。私のような高齢世代の者には只々付いていくのがやっとで、スマートホンさえ上手に使いこなせないでいる。

オンライン授業といってもやはり実際の授業には到底かなわないと私は思う。なぜなら、相対的な空間が遠く離れて隔絶しているからである。空間が隔絶しているとその場の雰囲気や人や場のエナジーが伝わらないからである。映画やCDによる音楽にもそういう問題はある。実体験や実演には遠く及ばない。例えドローン撮影による別視点の高質画像であっても、作られたものと実際体験する風景では雲泥の差がある。画像は2次元であるが、実際の風景は3次元で立体的である。気温も匂いも身体的な疲労感も画像では伝えることは出来ない。温泉旅館が源泉掛け流しの画像をネットのユーチュブに流していた。コロナウイルス騒ぎで温泉旅行も出来ないからせめて画像だけでも楽しんでリラックスしてくださいという趣旨なのだろう。コロナウイルス拡散非常事態宣言が解除されたら、温泉に是非来てくださいという宣伝メッセージが込められていると思った。

オンライン瞑想も補助的にあるいは本物の代替として使うならとても良い便利なものである。予告編として上手に宣伝として使うなら効果は高いと思う。しかし瞑想の高度な技法を30分程度にまとめ解説し実技も入れるとなると、伝えることは限界があり困難になる。せっかくの宝物が、猫に小判、豚に真珠となりかねない。他流派の瞑想実践者に、その瞑想技法の評価が低い方に誤解される恐れもある。便利な代替機器が身の回りに沢山存在する現代であるが、代替機器はあくまで代替であり、リアリティに乏しいのだと理解しておくべきだと思う。本当の智慧、すなわち解ったということは、知ること学ぶことではない、肉体を通してリアルな体験して掴むことであると私は信じている。

古来、ヨガや瞑想の伝授は師資相承であった。師匠が弟子の修行の進み具合に応じて適時適切に指導したのである。このことをウパニシャッドという。ウパニシャッドは弟子が師匠のそばに座ることを意味する。師資相承を思うとき、まっさきに私の脳裏に浮かぶのはミラレパの物語である。

今から1000年ほど前のチベットに偉大なる瞑想ヨガ行者・ミラレパがいた。ミラレパの生家は裕福な地主の家だった。ミラレパが7歳の時に父親が亡くなり、父の遺産は父方の叔父と叔母にだましとられてしまった。遺されたミラレパと妹と母親は貧困に苦しんだ。叔父と叔母に騙された母親の憎しみは激しく、母親はミラレパに「黒魔術を修行して、仇をとってくれ。」と旅費とグルへの貢物を持たせて旅立たせた。

ミラレパはクルンのラマのもとで強力な破壊の術と死をもたらすマントラの伝授を受けた。この術を使ってミラレパは憎い叔父、叔母の長男の結婚式披露宴に集まった人を、叔父と叔母を除いて長男と嫁を含む35人を殺害した。次にキョルポのラマ・トギャルのもとでミラレパは雹の嵐を起こす術を習得し、収穫近い豊作の大麦畑に雹をふらせて作物を台無しにしてしまった。こうしてミラレパは自分たちに味方しなかった無慈悲な村人たちへの復讐も成し遂げたのである。

雹の嵐を起こす術を授けたラマ・トギャルはミラレパに「お前は復讐を成し遂げたが同時に巨大な黒いカルマを積んでしまった。」「このカルマを浄化するために仏教の教えを学んだほうが善い。それがお前と私の来世の助けになるだろう。」と言って、ニンマ派のラマ・ロントンの所に向かわせた。

ラマ・ロントンのところでの修業はミラレパに成果が上がらなかった。ラマ・ロントンはミラレパをインドで修行を積んできたとされるマルパのもとで修行するようにと推薦してくれた。マルパはインドの高名なヨガ行者ナローパの弟子であった。

マルパは直観力によって霊的な繋がりのある大事な弟子が自分を訪ねてくることを知っていた。マルパはミラレパが黒いカルマを沢山抱え込んでいることを知って、このカルマを消滅させるには並大抵の方法では出来ないと考えた。

カルマを解消させるために無理難題を押し付け、何度もミラレパを絶望の淵に追いやった。どんなに、ミラレパが瞑想の伝授を求めても、カルマの解消を優先してマルパは教えを与えなかった。

ミラレパの最初の難題はマルパの息子の為に丸い家を作ることだった。「これを完成させたら瞑想を教える。」とマルパは言った。途中まで出来るとマルパは「考えが変わった。」とミラレパに言って、「建築に使った石は全部元あった所に戻せ。」と命じた。次に半月形の家を作るように命じた。半月形の家も半ばまで出来ると、「この家は善くないから壊すように。」とミラレパに命じた。マルパはその時酔っていたのだと釈明し、今度は密教行者にふさわしい三角形の家を建てるようにミラレパに命じた。

三角形の家が3分の1ほど出来上がった時、再びマルパがやってきて「誰がこんな家を建てろと言った。もし、わしがお前にそんなことを言ったとしたら、わしはまともではなかったはずだ。」とミラレパに言い、今度は九層建ての四角い塔を建てるように命じた。何としてでも教えを授かりたいと苦悩するミラレパの背中は労働によって傷だらけとなり、傷は化膿して痛々しい姿になっていた。

四角い塔が完成しないうち、ミラレパは他の人がマルパから教えを授かるときに、こっそり紛れ込んで教えを授かろうとした。その時マルパから酷く怒られて絶望のどん底につきおとされた。

それを見かねたマルパの妻であるタクメマは、マルパの一番弟子であるラマ・ンゴクパに主人に変わってミラレパに法を授けるように頼んだ。法を授けられたミラレパはいくら瞑想しても効果が現れなかった。ンゴクパのもとに師匠のマルパから「邪悪な人間であるミラレパを師匠のもとへ戻すように」と手紙が来た。師匠のもとに戻されたミラレパは、師匠から無視され続けた。絶望のあまりミラレパが自殺を考えていた時、マルパの息子の成人のお祝いが催されることになった。その時、ついに教えを授ける時がやってきた。祝いの席の主賓はミラレパであり、ミラレパにマルパから灌頂がおこなわれた。

マルパは言った「私の息子、お前に初めて会った時から、私にはお前が特別な弟子だと解っていた。お前に建てさせた家は四大元素と四種の仏陀の行為を象徴している。あの苦行のおかげで、お前の障害になっていたものは全て消えた。さぁ行って孤独な瞑想行に入るのだ。」

その後、ミラレパは各地の洞窟で孤独な瞑想を続けた。食べ物が無くなった時、イラクサで命を繋いだ。イラクサだけしか食べなかったのでやせ衰えた身体の皮膚の色も緑色になったと伝記では伝わっている。ミラレパは深い瞑想によって自分の体をどんなものにでも思いのままに変化できるように感じた。ミラレパは鷲になって実際に空を飛ぶことが出来るようになった。

ミラレパの物語はダイジェスト的にまとめるのは困難である。ここに書いた話はミラレパの物語のほんの一部にすぎない。伝記の内容はもっともっとエピソードが豊富で面白い。是非、皆さんに伝記を読んでもらいたい。

ここで私がミラレパの物語を持ち出したのは、「瞑想法の伝授というものは安易に伝えてはいけないのかもしれない。」と言いたかったからである。弟子に悟りへの渇望があって、条件が整ったときに師匠が慎重に師資相承で教えるべきものであるというのが伝統的な立場なのである。

別の考え方として、現代は情報が広く開示されている時代である。「原爆や水爆の作り方は盗まれると大変なことが起る可能性があるが。モークシャに至る方法が盗まれても人類に何の危害も与えない。モークシャに至る方法が広まれば世の中が平和になる。日本からプレクシャ・メディテーションを学びにインドに来られた皆さんは、しっかり学んでいって日本にプレクシャ・メディテーションを広げてほしい。」とムニ・ジャイ・クマール師は言われている。

私はクラスで実際に瞑想を教えるということを通じて、『学びにくる受講生から逆に教わっているのだ。』という立場、スタイルをとっている。インターネットを上手に使いこなすことが出来るプレクシャ仲間の皆さんは、オンライン瞑想によってプレクシャ・メディテーションを広げる活動に積極的に取り組んでほしい。そして、私が説くリアリテイ重視も参考にして、瞑想法を上手に伝える工夫をしてほしい。

<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2020/6/30からの転載です)

 

コラム[自己防御の砦]

インド西部、グジャラート州・パリタナと云う町にシャトルンジャヤ山がある。シャトルンジャヤとは勝利の扉と云う意味で、山の頂上稜線に城塞都市のようなジャイナ教山岳寺院群がある。イスラム教の侵攻に対してジャイナ教徒が防御するために山岳寺院を造ったと云われている。非暴力・他と争わないジャイナ教徒が砦を作って武器で敵と戦うことはないが、亀が甲羅の中に首をすくめるように、ヤドカリが貝殻の中に閉じこもるように無抵抗非暴力の防御線にすることを目的に造られたのかもしれない。私はここの地球離れした異星に建てられているような不思議な外観の寺院建築群に魅せられて、1989年、2000年と2回訪れている。

防御とは何か。

今も昔も人類社会に争いが絶えない。商業活動や経済活動は見方を変えればライバルとの競争、戦争である。ライバルとの争いに敗れれば企業は立ちいかなくなり個人は生活の為の基盤を失いかねない。経済活動では今、勝者であっても何時、敗者になるかわからないので人の心は不安で一杯になる。

近年の日本経済は繁栄の頂上に登ってしまったのではないか、後はいかに上手に下山するかという理論と方法を考えなければならない時期にきているのではないかと思う。だが今でも、もっともっと便利に快適にと商品開発や経済活動にライバルと鎬を削ることが止められない。世界中で不況感が高まりライバルとの競争も激しさを増している。激しい社会情勢の変化に合わせて、一生懸命努力して新製品を開発しても、不況による少ない需要の奪い合いで利益も出ない。あくせくした気持ちで、長時間奴隷のように働きライバルと争っているのが今の人間社会ではないのか。人間社会の中に天国も地獄も修羅界もある。

怠けることが出来ない修羅界のような争いの社会に嫌気がさして、解脱の境地に救いを求め南伝仏教やジャイナ教に出家しても、それは社会からの逃避ではないのか?出家集団は怠けもの集団ではないのか?との疑問が起こる。全ての人が出家して修羅界から逃避できるわけではない。出家が少数であればその人たちを大多数の人で支えることはできる。私は先進諸国の人と発展途上国の大多数の人類は修羅界に陥っているのではないかとおもっている。仏陀は争いを止めよと両手を胸の横で前方に掲げられた。ジナは非暴力・不殺生を第1の戒律とした。それでも人類は争うことを止めず今なお嫉妬、悲しみ、怒り、不安、絶望で苦しんでいる。

どうしたら俗生活を続けながら、修羅界から遠ざかれるか、敵の攻撃から身を守ることができるか、それにはむさぼり心を止めることであると思う。自然に与えられる以外のものは取らないということであり、他の人を陥れたり、騙したり恨みをかうようなことをしないことでもある。また足るるを知るということを実践し、むさぼり心にたいして塹壕を築くことである。他の人の価値観が自己中心的でむさぼり心に占められているようならそのような人とは争わないことである。少ない物を分かち合い、互いを尊重して譲り合えば調和に満ちた平和な人間界、地上天国ができると思う。

ブータン王国の価値観はグローバル化したアメリカ式自由貿易主義、自由競争経済主義ではない所に価値観を置いている。それは足るるを知るという幸せ感である。ブータンのように物質的豊かさでなく、足るるを知る所に本当の人類社会の平和があるような気がしてならない。努力することと怠けることの調和の中に人間らしい幸福な生活があるような気がしてならない。沖正弘先生は瞑想を中心とした出家主義の怠け心は許されないとし、冥想を中心とした全力投球の積極的な生き方である沖道ヨガを提唱した。私は日常生活を通じてプレクシャ・メディテーションと沖道ヨガの実践が修羅界からの離脱、争いから身を守る自己防御の砦であると思っている。

<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2011/12/25からの転載です)

 

2025.3月開催 坂本知忠先生から学ぶプレクシャ・メディテーション-プレクシャ・ヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス-

プレクシャ・メディテーションは、今から約2600年前、ブッダの時代からインドに伝わる古代瞑想法を、やはり仏教と同じ時代から存在し受け継がれている古代宗教ジャイナ教(テーラパンタ派)の前最高指導者であるアチャーリヤ・マハープラギャ師が、最新科学の知見を採り入れて現代的に再構成した古くて新しい瞑想法です。

理論面、実践面ともに、細かく体系的に構築されている瞑想法であるため、説明が平易で、初心者でも簡単にはじめられる内容になっています。

理論的には非常に深遠な内容を含んでいますので、他の瞑想やヨガに通じた人、親しんでいる人にも大いに参考になります。

内容)
ヨガ:瞑想できる体づくりヨガ
讃歌:「プレクシャ・メディテーション 讃歌・マントラ・スートラ集」から1-2歌
講義・瞑想:中~上級者向け内容

日時:2025年3月2日(日)10-12時(開場:9時半)

会場:茗荷谷中央大学キャンパス2階(住所:大塚1丁目4番地)
*丸の内線茗荷谷駅前の春日通りを左に行くと、新設の中央大学茗荷谷キャンパスがあり、その2階になります。中央大学正面入り口の手前左側に階段、右側にエレベーターがあります。お間違いのないようご注意ください。2階に上がって頂き、入り口に入り、左に進み、受付窓口先を右に曲がった正面扉に、「元気アップヨガ」の貼紙がございまして会場になります。施設の関係上「プレクシャ・メディテーション」の記載ではありませんので、ご了承ください。


会場参加受講料:2000円
アーカイブ動画視聴:1000円
*アーカイブ動画視聴の場合、クラス終了後1週間以内に、クラス動画を共有させて頂きます

指導者:まつい ちえこ(指導ランク:講師)*ヨガ担当*

日本プレクシャ・ディヤーナ協会 役員
1978年 沖ヨガに入門 沖正広導師のご縁で指導員研修を受ける
~1986年 三上光治先生の元で指導員・カルチャースクール・大手企業等でヨガ指導
2006年 沖ヨガ指導員として復帰
2007年 プレクシャ・国際キャンプに初参加
以来プレクシャ研修のために渡印5回
シバナンダアシュラム + ヒマラヤ巡礼・他・インド旅 14回(2024年現在)
日本プレクシャ・ディアーナ協会 講師・役員
プレクシャ・インターナショナル  国際プレクシャ・上級教師
NPO.沖ヨガ協会  \講師・理事
動禅整体師

指導者:坂本知忠(指導ランク:教師)*讃歌、講義、瞑想担当*

 
日本プレクシャ・ディヤーナ協会会長
水晶瞑想両方研究所主宰
ヨガ瞑想指導歴35年以上
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印13回
2015年プレクシャ・アウオード受賞
著書:「白神山地」「虹のクリスタル・ワーク」「ジャイナ教の瞑想法」「勝利者の瞑想法」「坐禅の源流印度へ」「自分で自分の医者になる」他

問合先:日本プレクシャ・ディヤーナ協会(japan@preksha.com)

申込先:こちらお申込み
*リンク先へ移行できない方は「問合先」まで氏名、携帯電話をご明記の上、お申込みください。 

プレクシャな生活(日本プレクシャ・ディヤーナ協会 準指導士・大野ゆか)

[プレクシャ瞑想と出会って4年弱がたちました。]
未だに瞑想とは何だろう? どのような変化を感じるのだろうかと手探りの中で、日々向き合っています。

朝の瞑想として、プラーナ・サンチャラニー・ムドラーを行う事が、習慣になってきました。どちらかと言えば夜型人間の私でも行う事によって、頭がスッキリとし1日のスタートを始める事ができます。

先日、少し大がかりな歯の治療をおこないました。その翌日、いつもの様に座して、プラーナ・サンチャラニー・ムドラーを始めました。しかし、始めたとたん前日治療したあたりが、ムズムズする様なズキズキする様な感じがして、どうしても意識が口の中に向いてしまいます。鎮痛剤も処方して頂いていましたが、薬にあまり頼りたくないと思いそのまま瞑想を続けました。続けていると徐々に意識は内側に向いていきました。108回呼吸を終え静かに目を開けると、頭はいつも通りスッキリ、口の中の違和感はなくなりました。

治療後2~3日は腫れたりすると言われており、頬は飴でも含んでいるか様にぷっくりしていましたが、痛みなどは起きませんでした。瞑想よる効果かと思える出来事でした。改めて日々続けていく事の大切さを感じました。

(2023年2月136号メルマガからの転載)
日本プレクシャ・ディヤーナ協会 準指導士・大野ゆか

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[日常生活の中にプレクシャ・ディアーナで学んだことを見つける気が付く事が楽しみになっています]

法事での事、読経後の説法で「仏舎利」についての話がありました。お配り頂いたプリントの冒頭に「舎利(しゃり)は、シャリーラの音写で…」とありました。目は「シャリーラ」にくぎ付けでした。頭の中では「こんな所でシャリーラに出会うとは!プレクシャ瞑想の中にあった言葉だ!」仏教のお寺なので、今までも耳にしていたり、目にしていたかもしれません。ただ自分の中では、法事は生活行事の中の一つで、瞑想は瞑想の時間で、と別々に考えていた事に気が付きました。瞑想の時間とは、座した意識を内側に向ける事だと、いつの間にか決めつけている事に気が付きました。

身体の変化は、動きであったり目に見えたり捉えやすいですが、心の変化はなかなか感じる事ができません。心の変化は、どうしたら気が付けるのでしょうか?
先日、友人たちと富士山の麓を訪れる機会がありました。天候にも恵まれ、その時はただ楽しいだけではなく、この機会やご縁に出会えた事への感謝の気持ちがいっぱいになりました。この様な事に気が付けようになったのは、瞑想を続けてきた効果かなと感じました。生活の中で、一つでも気づきが増え、また瞑想の深まりにつながると良いなと思っています。

(2023年11月144号メルマガからの転載)
日本プレクシャ・ディヤーナ協会 準指導士・大野ゆか

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「今年の夏は暑かった」と毎年言っています。
その暑い中で、エアコンをつけて編み物をします。ヨガクラスのご縁で、ここ何年か初秋から冬にかけて編み物を習います。今年は、本当にこのストールが完成しても身に着ける冬が来るのだろうかと思いながらのスタートです。
ある程度、歳を重ねてしまうと新しく学ぶ機会が減ったり、取り組む事が減ってしまいます。でも、日々観察すれば新しいお料理にチャレンジしたり、草花を育ててみたり、仕事で新たな企画や効率化を考えてみたりと、いろいろ取り組んでいる事に気が付きます。プレクシャ瞑想の勉強をし始めた効果なのでしょうか?
少しずつ物事の見方に変化が現れている気がしています。
 編み物の話と離れてしまいました。編み物をされた事のある方は分かりやすいと思いますが、一見、単純作業の様に見えていて、模様を入れたり編む数を増やしたり減らしたりと集中力を要します。何か気がかりな事があったりすると、間違えます。自分では正しく編んでいるつもりでも見直すと間違っているのです。間違ったところまで戻りまた編みなおす。余計に心がモヤモヤとしてまた間違えます。何か心を落ち着かせる事はないだろうか? そこで今年は動画サイトにあるマントラを聴き編み始めてみました。雑念にとらわれずあっ編み進める事30分。間違える事もなく、そしてスッキリとした心持でした。毎日少しずつの時間ですが、マントラを聴く習慣ができました。
 瞑想のお勉強を始めたばかりの頃、宣言のことばや決心のことば、カタカナの羅列で言葉の意味は解らなくてもとなえる事で、その音自体の持つ力があるので繰り返し練習してみて下さいと、坂本先生がおっしゃっていたことを思い出しました。
 日々の時間の中にこのように取り込み、より瞑想の道が進むと良いなぁと思っています。

(2025年2月158号メルマガからの転載)
日本プレクシャ・ディヤーナ協会 準指導士・大野ゆか


2025.2月開催 坂本知忠先生から学ぶプレクシャ・メディテーション-プレクシャ・ヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス-

プレクシャ・メディテーションは、今から約2600年前、ブッダの時代からインドに伝わる古代瞑想法を、やはり仏教と同じ時代から存在し受け継がれている古代宗教ジャイナ教(テーラパンタ派)の前最高指導者であるアチャーリヤ・マハープラギャ師が、最新科学の知見を採り入れて現代的に再構成した古くて新しい瞑想法です。

理論面、実践面ともに、細かく体系的に構築されている瞑想法であるため、説明が平易で、初心者でも簡単にはじめられる内容になっています。

理論的には非常に深遠な内容を含んでいますので、他の瞑想やヨガに通じた人、親しんでいる人にも大いに参考になります。

内容)
ヨガ:瞑想できる体づくりヨガ
讃歌:「プレクシャ・メディテーション 讃歌・マントラ・スートラ集」から1-2歌
講義・瞑想:中~上級者向け内容

日時:2025年2月2日(日)10-12時(開場:9時半)

会場:茗荷谷中央大学キャンパス2階(住所:大塚1丁目4番地)
*丸の内線茗荷谷駅前の春日通りを左に行くと、新設の中央大学茗荷谷キャンパスがあり、その2階になります。中央大学正面入り口の手前左側に階段、右側にエレベーターがあります。お間違いのないようご注意ください。2階に上がって頂き、入り口に入り、左に進み、受付窓口先を右に曲がった正面扉に、「元気アップヨガ」の貼紙がございまして会場になります。施設の関係上「プレクシャ・メディテーション」の記載ではありませんので、ご了承ください。


会場参加受講料:2000円
アーカイブ動画視聴:1000円
*アーカイブ動画視聴の場合、クラス終了後1週間以内に、クラス動画を共有させて頂きます

講師:伊東真知子(指導ランク:講師)*ヨガ担当*

日本プレクシャ・ディヤーナ協会 役員
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印5回(2019年3月時点)
1980年沖ヨガ入門
1982年ヨガ指導開始
2008年プレクシャ・メディテーション指導開始
月2回神保町区民館にてヨガと瞑想クラス開催


講師:坂本知忠(指導ランク:教師)*讃歌、講義、瞑想担当*

 
日本プレクシャ・ディヤーナ協会会長
水晶瞑想両方研究所主宰
ヨガ瞑想指導歴35年以上
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印13回
2015年プレクシャ・アウオード受賞
著書:「白神山地」「虹のクリスタル・ワーク」「ジャイナ教の瞑想法」「勝利者の瞑想法」「坐禅の源流印度へ」「自分で自分の医者になる」他

問合先:日本プレクシャ・ディヤーナ協会(japan@preksha.com)

申込先:こちらお申込み
*リンク先へ移行できない方は「問合先」まで氏名、携帯電話をご明記の上、お申込みください。 

2025.1月開催 坂本知忠先生から学ぶプレクシャ・メディテーション-プレクシャ・ヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス-

プレクシャ・メディテーションは、今から約2600年前、ブッダの時代からインドに伝わる古代瞑想法を、やはり仏教と同じ時代から存在し受け継がれている古代宗教ジャイナ教(テーラパンタ派)の前最高指導者であるアチャーリヤ・マハープラギャ師が、最新科学の知見を採り入れて現代的に再構成した古くて新しい瞑想法です。

理論面、実践面ともに、細かく体系的に構築されている瞑想法であるため、説明が平易で、初心者でも簡単にはじめられる内容になっています。

理論的には非常に深遠な内容を含んでいますので、他の瞑想やヨガに通じた人、親しんでいる人にも大いに参考になります。

2024年クラスから、プレクシャヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス、として開催してまいります。

内容)
ヨガ:瞑想できる体づくりヨガ
讃歌:「プレクシャ・メディテーション 讃歌・マントラ・スートラ集」から1-2歌
講義・瞑想:中~上級者向け内容

日時:2025年1月5日(日)10-12時(開場:9時半)

会場:茗荷谷中央大学キャンパス2階(住所:大塚1丁目4番地)
*丸の内線茗荷谷駅前の春日通りを左に行くと、新設の中央大学茗荷谷キャンパスがあり、その2階になります。中央大学正面入り口の手前左側に階段、右側にエレベーターがあります。お間違いのないようご注意ください。2階に上がって頂き、入り口に入り、左に進み、受付窓口先を右に曲がった正面扉に、「元気アップヨガ」の貼紙がございまして会場になります。施設の関係上「プレクシャ・メディテーション」の記載ではありませんので、ご了承ください。


会場参加受講料:2000円
アーカイブ動画視聴:1000円
*アーカイブ動画視聴の場合、クラス終了後1週間以内に、クラス動画を共有させて頂きます

講師:伊東真知子(指導ランク:講師)*ヨガ担当*

日本プレクシャ・ディヤーナ協会 役員
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印5回(2019年3月時点)
1980年沖ヨガ入門
1982年ヨガ指導開始
2008年プレクシャ・メディテーション指導開始
月2回神保町区民館にてヨガと瞑想クラス開催


講師:坂本知忠(指導ランク:教師)*讃歌、講義、瞑想担当*

 
日本プレクシャ・ディヤーナ協会会長
水晶瞑想両方研究所主宰
ヨガ瞑想指導歴35年以上
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印13回
2015年プレクシャ・アウオード受賞
著書:「白神山地」「虹のクリスタル・ワーク」「ジャイナ教の瞑想法」「勝利者の瞑想法」「坐禅の源流印度へ」「自分で自分の医者になる」他

問合先:日本プレクシャ・ディヤーナ協会(japan@preksha.com)

申込先:こちらお申込み
*リンク先へ移行できない方は「問合先」まで氏名、携帯電話をご明記の上、お申込みください。 

2024.12月開催 坂本知忠先生から学ぶプレクシャ・メディテーション-プレクシャ・ヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス-

プレクシャ・メディテーションは、今から約2600年前、ブッダの時代からインドに伝わる古代瞑想法を、やはり仏教と同じ時代から存在し受け継がれている古代宗教ジャイナ教(テーラパンタ派)の前最高指導者であるアチャーリヤ・マハープラギャ師が、最新科学の知見を採り入れて現代的に再構成した古くて新しい瞑想法です。

理論面、実践面ともに、細かく体系的に構築されている瞑想法であるため、説明が平易で、初心者でも簡単にはじめられる内容になっています。

理論的には非常に深遠な内容を含んでいますので、他の瞑想やヨガに通じた人、親しんでいる人にも大いに参考になります。

2024年クラスから、プレクシャヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス、として開催してまいります。

内容)
ヨガ:瞑想できる体づくりヨガ
讃歌:「プレクシャ・メディテーション 讃歌・マントラ・スートラ集」から1-2歌
講義:当日告知
実習:当日告知

日時:2024年12月1日(日)10-12時(開場:9時半)

会場:茗荷谷中央大学キャンパス2階(住所:大塚1丁目4番地)
*丸の内線茗荷谷駅前の春日通りを左に行くと、新設の中央大学茗荷谷キャンパスがあり、その2階になります。中央大学正面入り口の手前左側に階段、右側にエレベーターがあります。お間違いのないようご注意ください。2階に上がって頂き、入り口に入り、左に進み、受付窓口先を右に曲がった正面扉に、「元気アップヨガ」の貼紙がございまして会場になります。施設の関係上「プレクシャ・メディテーション」の記載ではありませんので、ご了承ください。


会場参加受講料:2000円
アーカイブ動画視聴:1000円
*アーカイブ動画視聴の場合、クラス終了後1週間以内に、クラス動画を共有させて頂きます

講師:伊東真知子(指導ランク:講師)*ヨガ担当*

日本プレクシャ・ディヤーナ協会 役員
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印5回(2019年3月時点)
1980年沖ヨガ入門
1982年ヨガ指導開始
2008年プレクシャ・メディテーション指導開始
月2回神保町区民館にてヨガと瞑想クラス開催


講師:坂本知忠(指導ランク:教師)*讃歌、講義、瞑想担当*

 
日本プレクシャ・ディヤーナ協会会長
水晶瞑想両方研究所主宰
ヨガ瞑想指導歴35年以上
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印13回
2015年プレクシャ・アウオード受賞
著書:「白神山地」「虹のクリスタル・ワーク」「ジャイナ教の瞑想法」「勝利者の瞑想法」「坐禅の源流印度へ」「自分で自分の医者になる」他

問合先:日本プレクシャ・ディヤーナ協会(japan@preksha.com)

申込先:こちらお申込み
*リンク先へ移行できない方は「問合先」まで氏名、携帯電話をご明記の上、お申込みください。 

コラム[魂の休息・サマイク]

 生きている私たちの肉体内部にさまざまな感覚が生起している。その感覚が生命維持に最も重要な役割を果たしている。感覚神経を伝わる情報を中枢神経が受け取り、それに対して内分泌系や運動神経系に適切な指令を出すことで生命を維持している。感覚神経を通してもたらされる感覚と中枢神経が出す指令のやり取りが、肉体が生きていることの根本現象なのである。肉体に起る感覚は肉体だけでなく、肉体レヴェルのさらに内側にある電磁気体(テジャス体)、更にもっと深い潜在意識である原因体(カルマ体)から影響を受けている。カルマ体からの指令こそ最重要な行動指令なのである。そのために、私たちはカルマ体(汚染されたアートマン)を知る必要がある。カルマ体がどうなっているかを知り、コントロールし、浄化しなければ真の意味での健康も幸福も平和も自由もない。それがジャイナ教哲学の核心になっている。

 外部からの刺激が身体内部に入った時、身体内部に苦楽の感覚、好き嫌いの感情が起ってくる。気分が善いか、気分が悪いかの感覚が私たち生き物の支配者である。私たちは感覚に支配されコントロールされていると言っても過言ではない。起ってくる感覚の制御は難しいので、感覚によって起る感情が動機付けになって、私たちは行動せざるを得なくなる。生きているとは五感を通して感覚を引き入れていることであるし、その感覚がもとになって行為・行動を起こし、様々な原因物質を引き寄せ、私たちの個性となるある種の汚染(思考や行動の癖)を引き寄せている。

 日常生活の中で私たちは様々な活動・行動・行為を行っている。私たちは生きるために生活の為になにがしかの行為をしなければならない。食べること、排泄すること、眠ること、考えること、話すこと、歩き移動すること、仕事をしてお金を得ること。そのお金で家族を養い、子供を教育し、住まいを整え、生活に必要なものを購入している。そうした行為のほとんどが肉体維持の活動である。

 そのように行為している時、私たちは無意識のうちにネガティブなもの(アートマンを汚染するカルマ)を集める活動をしている。その活動のほとんどが肉体の為にはなっているが、アートマンの為になっていないし、心にとって大きなストレスになっている。そのことに気づいた先人はなるべく活動しない、行為をしない道を選んだ。

 南インド・バンガルールの近くにあるジャイナ教の聖地シュラバナベルゴラには二つの花崗岩の岩山がある。高い方のヴィンデヤギリの頂上に、10世紀後半、ジャイナ教信徒が花崗岩を削り出した高さ18mのバーフバリの立像が立っている。バーフバリは無行為を実践するために12か月を何もしないで只、一か所に立ち続けた。同じ場所にずっと立ち続けたので、両足にはつる草が絡みつき、足元には蟻塚が出来たと伝わっている。

 バーフバリは世俗的な全ての行為を捨て去って只、立ちつくした。何も行為しないことで善悪両方のカルマの流入を防ぎ、立ち尽くすという苦行を通してアートマンに付いたカルマの汚れを払ったのである。これが真の意味の断捨離であり、決して昨今の身の回りを片付け、不要物を捨て去る意味とは全く違う。アートマンに付いたカルマを浄化すること、そして新しいカルマを流入させないこと、それによって人間はモークシャという理想状態になれる。それが、今もジャイナ教徒の目指す理想であり生き方になっている。

 出家することで在家よりは世俗的な行為が少なくなり、新しいカルマを流入させることが少なくなる。それが出家する意味であり目的なのだ。日本の多くの僧侶のように出家しても自分の肉体のためだけに世俗的な行為をしているのは出家と云わない。

 私たち俗人は世俗的な生活を余儀なくされる。世俗的な生活の大部分は自分の肉体の維持や快適さの為に行動している。世俗的行動ではカルマの流入を防ぐことは出来ず新しいカルマをどんどん作っている。決して魂(アートマン)のためにはならないし、心にとって多くのストレスになっている。だから我々俗人はさまざまなストレス解消法が必要になってくる。テレビを見たり、人が多く集まる場所やイベントに出かけたり、野山など自然の中に出かけたり、旅をしたり、音楽を聞いたり、動物と戯れたりしている。一般的なストレス解消法が真のストレス解消にはならず、別の新しいストレスになっていることに気づいていない。

 体が疲れて寝たとしても頭の中に不安や心配事が起ってきて、ぐちゃぐちゃといろいろ考えて新しいストレスを生んでいることもある。食事中もべちゃべちゃ話したり、他のことを考えていて、食事を楽しまないで集中していないことが多い。このようなことの継続が心にストレスを与えていくのである。そして、新しいカルマを作っているのである。

 そのようなストレスから解放されて真の意味の休息が私たちに必要なのである。その方法がサマイクであり魂の休息と言われている。サマイクは古代から伝わるジャイナ教の修行法の一つである。

 サマニー・サンマテイ・プラギヤさんからサマイクについての話を聞いた。サマイクの中では仕事や家族など友人関係や日常的生活の全てから自分を切り離し、ある一つの行為に集中し没頭する。サマイクの時間は48分間と決められていて、それより長い時間あるいは短い時間はサマイクと言わず、サンバラーという。サンバラーは新しく流入するカルマの防止という意味がある。

 48分間のサマイクの中でやって良いとされる行為は瞑想すること、マントラのチャンテング、讃歌を歌うこと、聖典を読むことの4つのことだけである。

 サマイクをしている時は明日の心配もしなければ、先のことを計画することもしない。家族や友達のことも考えない。サマイク以外の行為は一切しないようにする。聖典を読むときにはそのことだけに集中する。一つのことに集中することでそれが休息になる。サマイクの集中の中で体を休め、心を休め、そして、はじめて魂を休めることが出来る。サマイク以外の休息は休息に見えて真の休息にならない。サマイクは今現在を浄化することと同義語である。今と云う時間を通して過去と未来まで浄化することが出来る。

 サマイクをするというのはアートマンの浄化であり、善いカルマを積んでいることになる。良いカルマを積んだかどうかは目で見ることは出来ないが、心の奥底で真の平和や静けさとして感じられる。サマイクをすることで今生でも善いことが起る。サマイクによって計り知れない力と恩恵が与えられるが、サマイクの間は完全なる非暴力でなければならない。水や火などに対しても、空気中の微生物に対しても影響を与えないようにしなければならない。

 現代は問題の多い時代であるから、一週間に一度でも良いからサマイクを行うと善い。それは皮膚から細胞に至るまでの休息になるし、魂の休息になる。今生というものを出来るだけ純粋にする方法でもある。

<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2020/8/14からの転載です)

 

コラム[あなたは何処に行きたいですか?]

私達が一番意識しなければならない自己認識は自分のカルマに気付き、カルマを自己コントロール下に置くことである。自分を知ることは難しい。潜在意識下にある夢や願いや希望を知ることは、本当の自分に出会うまでにしなければならない道程である。

ブッダはカルマを行為であると云った。

「生きるものは、おのれが行為のたくわえを持ち、その行為を受け継ぎ、その行為から生まれ、その行為に縛られる。行為は拠り所である。行為が卑しければ、生きざまが卑しくなり、行為が立派なら、生きざまも立派になる。私達は自分がいったい何をしているかに気付き、本当に行きたい所へいくための正しい行動をとらなければならない。」(ウイリアム・ハート著『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門』春秋社)

あなたは何処へ行きたいのですか? 私は何処へ行きたいのだろう?
あなたの次の人生はどんな人生ですか? 私は何処に生まれるのだろう?

自分の歩む道が解っても、実際に歩かなければ、目的地(行きたい所)に辿り着かない。千里の道も一歩から、知識でなく実践である。目的地を明確に設定し、辿る道筋を知って実際に歩く者だけが行きたい所に到達できる。

おおぜいの人が目的地を見いだせないで、行きたい所が解らなくて、暗い夜道を迷っている。『勝利者の瞑想法』で迷える人に目的地とそこまでの道筋(地図)を示したつもりでいる。プレクシャ・メディテーションは知識ではなく実践である。実践することによって、迷いが無くなり、自分に自信がもて、行きたい所へ確実に道を歩いている実感がもてるでしょう。

人類の99%以上の人が暗闇で迷っている。迷っている人が迷っている事さえ気付いていない。人間ていったいなんだろう?皆さんはそんな疑問が起こりませんか?

<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2011/6/20からの転載です)