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コラム「勝利者の瞑想法」一覧

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コラム:プレクシャ讃歌の魅力
コラム:あなたは何処に行きたいですか?
コラム:自殺を無くす道
コラム:瞑想をする、瞑想が起こる
コラム:生 カルマ 死 カルマ 生
コラム:所有と無所有
コラム:自己防御の砦
コラム:静と動
コラム:アヒンサー(非暴力主義)
コラム:活用する喜び
コラム:ジャイナ教僧侶がしているマスクの意味
コラム:動きを止める、動きが止まる
コラム:雰囲気と人格
コラム:エコ的生活は新しい非暴力運動です
コラム:非対立主義について
コラム:なぜ瞑想したくない、出来ない、解らないのか
コラム:カルマを無くす瞑想
コラム:ジャイナ教と仏教は兄弟宗教
コラム:別れと出会い
コラム:来世不動産
コラム:資格
コラム:言葉(言霊)の力
コラム:純粋とは何か
コラム:忍耐と無執着
コラム:呼吸の奥義
コラム:食の非暴力 俗なる立場から
コラム:憎しみと愛
コラム:魂を観る瞑想
コラム:魂について
コラム:何もしない行為
コラム:植物に心は有るか
コラム:絶体絶命、崖っぷち、究極の選択・ 非暴力と義務どっち
コラム:水は偉大なる教師であり、尊崇すべき恩人である
コラム:地球温暖化の脅威
コラム:悟りとは
コラム:無常と空
コラム:自分の生活と幸福感を何と比較するのか
コラム:仏教の源流・ジャイナ教との類似
コラム:瞑想登山
コラム:沖ヨガ冥想行法とプレクシャ瞑想
コラム:瞑想における緊張と弛緩
コラム:沈思黙考「おかげさまで」
コラム:瞑想・二つの流れ
コラム:完全なるリラックス
コラム:利己心と依頼心
コラム:身体とは何か
コラム:空の思想とマントラ
コラム:自己コントロールの道
コラム:哲学論争
コラム:ラーナクプールのジャイナ教寺院
コラム:『シッダールタ』を読んで
コラム:生かされて生きている
コラム:美しき日本刀と非暴力
コラム:アンベードカルと仏教改宗
コラム:無限の自由とは
コラム:生命が病気を創る
コラム:カラーセラピー・色彩療法
コラム:日本文化の精髄・露天風呂
コラム:カルマヨギ・二宮金次郎
コラム:皮膚と触覚と意識について
コラム:虫たちのこと
コラム:自分が自分の主人公になる
コラム:火とは何か
コラム:2017年3月19日(日) 東京・沖ヨガスタジオ サマニー・サンマッテイ・プラギャ師講演「ジャイナ教のカルマ論と輪廻転生」
コラム:アカルマへの道・モークシャとサンミャク・ダルシャン 2017年3月20日(月) 東京・沖ヨガスタジオ サマニー・サンマッテイ・プラギャ師講演
コラム:仏陀はなぜ魂について説明しなかったのか
コラム:アートマン 魂 本当の自己とは何か
コラム:欲望とは何か
コラム:私のヴァーサナー
コラム:自分で自分の医者になる・無病の道
コラム:四つの身体と霊的色彩光
コラム:肉体はリサイクル品
コラム:人類のカルマ・人類存亡の瀬戸際
コラム:2018年インド瞑想研修の旅 印象記 その1 ラドヌーン編
コラム:2018年インド瞑想研修の旅 印象記 その2 聖地アルナチャラ編
コラム:南インドの聖なる篝火の山・アルナチャラ その1
コラム:オンライン瞑想と師資相承
コラム:魂の休息・サマイク
コラム:「迷い」と「無知」
コラム:徹底的に考える智慧の瞑想
コラム:限状態
コラム:洗脳と世界の分断
コラム:平等心と無差別
コラム:清らかな心
コラム病気の宗教哲学的な受け止め方
コラム:我即全宇宙  私の因果は全宇宙と響きあっている
コラム:人間は弱みを突かれると騙されやすい
コラム:ジャイナ教の特徴は魂とカルマの詳細な説明
コラム:洞察力を養いアカルマをめざすアヌ・プレクシャ
コラム:真実の自分を観る ジーバ・魂霊の二重性を理解する
コラム:流れて時が過ぎれば
コラム:正しい認識を持つことは難しい【科学と哲学の間の問題】
コラム:カーヤウッサグの本当の意味

コラム[カーヤウッサグの本当の意味]

プレクシャ・メディテーションの基本的な瞑想法6種の第一段階はカーヤウッサグです。プレクシャ・メディテーションはカーヤウッサグに始まり、カーヤウッサグに終るというほど重要な瞑想テクニックです。カーヤはインドの言葉で肉体であり、ウッサグは離れ去ると云う意味です。何が肉体から離れ去るのか?意識が肉体から離れ去るのです。

意識が肉体から離れるとは何を意味しているのでしょうか?私の経験ではその時、五つの感覚器官の働きが完全に停止しています。そして思考も停止して、五感を超えた超感覚的知覚だけで自己を観じています。この様な状態は例えて言うなら、生きていて死んでいる状態だと云えるでしょう。また、深い瞑想状態とも云えるでしょう。

生きていて死んでいるような肉体の状態になった時、完全なる心身のリラックス状態が訪れます。カーヤウッサグの実習は日常のストレスを軽減する最も有効な手段です。この方法を応用したのが心理療法の自律訓練法であり、瞑想法の一つとしてヨガ・ニードラとして広まっています。完全なるリラクゼーション瞑想、それがカーヤウッサグです。

カーヤウッサグの歴史は非常に古く、3000年以上の昔まで遡ることができます。ジャイナ教の24代、最後のテールタンカラは2600年ほど前のマハーヴィーラであり、23代が2800年ほど前に歴史上実在の人物とされるパルシュヴァナータです。初代のテールタンカラはリシュバ・アディナータとされています。その息子であったゴーマテシュワーラ・バーフバリはカーヤウッサグを修行していたと伝説されています。

バンガルールとマイソールの中間に、南インド最大のジャイナ教の聖地シュラバァナ・ヴェルゴラがあります。ここは、緑豊かなマイソール高原に一か所だけ突き出た花崗岩の岩山になっています。岩山はヴィンデヤギリ1020mとチャンドラギリ930mの二つの峰に別れていて、間に聖なる四角い池があります。チャンドラギリは2000年以上前の有名なチャンドラ・グプタ王と聖者バドラバーフゆかりの修行聖地です。高い方の峰、ヴィンデヤギリの頂上は、巨大な花崗岩を彫刻した高さ18mのバーフバリの巨大なカーヤウッサグ立像が聳立しています。バーフバリは12か月間立ち続けたので、両足に蔦がからみ、足元には蟻塚が出来たと伝わっています。この巨大石像の完成は西暦981年です。

カーヤウッサグは行為を止めると云う意味もあると私は考えています。行動しない、生活しない、つまり生きていて死んだような状態となることです。バーフバリのカーヤウッサグは行為を止める瞑想だったのでしょう。カーヤウッサグは目的に応じて、立禅、坐禅、臥禅として行う事が出来ます。

カーヤウッサグを現代テクノロジー機器を使って行うのが、アイソレーション・タンクです。アイソレーション・タンクは自律訓練法と同様の効果をもたらすリラックス法として、1954年アメリカ人のジョン・リリーに依って考案され製品化されました。アイソレーション・タンクはフローテング・カプセルとも呼ばれます。底が100cm×200cmほどのカプセルボックスの中に、25cm程の高さに濃いマグネシュウム水溶液が入っています。その中に全裸になって入り、入り口を閉ざすと、外部と完全に遮断されます。カプセルの中は真っ暗で何も見えません。外部の音も全く聞こえません。

耳の中に水が入らないように耳栓をつけて水溶液に横たわると、塩分濃度が高いので体が木材のように水に浮かびます。水温はほぼ体温と同じぐらいに設定されているので、裸でも寒くも暑くもありません。水の中で体の動きを静止すると、皮膚の温点、冷点、圧点、痛点に何も刺激がありません。アイソレーション・タンクに横たわると脳は視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚が情報を受け取ることが出来なくなります。体が水面に浮いているので重力からも解放されています。四六時中活動している脳と脊髄に、感覚神経からの情報が何も来なくなるので、脳が戸惑って誤作動を起こすのです。

フローテング・タンクの中では、ヨガの屍のポーズになって、体を完全に静止させます。肉体を確認しようとして、手や足を動かさないようにします。少しでも動くと脳が反応してしまいます。じっと動かさないようにしていると、面白い内部感覚がいろいろ起こります。私の体験では、まず、自分のしている呼吸の音や心臓の鼓動がとても大きく感じられました。しばらくすると自分の手足から始まり身体が無限の彼方に広がり伸びていくような感覚が起こりました。宇宙と自己が一体になったような感覚でした。また、深い沈黙の世界に入っていくような感覚もありました。

アイソレーション・タンクでのリラクゼーションは他物の助けを借りるものですが、瞑想実践としてのカーヤウッサグは自分の身体と観じようとする意識だけを使って、出来るだけアイソレーションタンクのような環境、条件になるように工夫を凝らして自己暗示するのです。リラックス感が高まると睡魔がやってきますが、眠ないように注意して意識を明瞭にして行えば、それが瞑想になります。途中で寝てしまっても何の問題もありません。

カーヤウッサグはストレスを軽減し、身体機能を回復し、心身の健康に対して絶大の効果があります。日常的に実践して行ってください。45分ほどのカーヤウッサグが3時間の睡眠に匹敵する疲労回復効果があるとされます。

<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2025/11/30からの転載です)

2025.12月開催 坂本知忠先生から学ぶプレクシャ・メディテーション-プレクシャ・ヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス-

プレクシャ・メディテーションは、今から約2600年前、ブッダの時代からインドに伝わる古代瞑想法を、やはり仏教と同じ時代から存在し受け継がれている古代宗教ジャイナ教(テーラパンタ派)の前最高指導者であるアチャーリヤ・マハープラギャ師が、最新科学の知見を採り入れて現代的に再構成した古くて新しい瞑想法です。

理論面、実践面ともに、細かく体系的に構築されている瞑想法であるため、説明が平易で、初心者でも簡単にはじめられる内容になっています。

理論的には非常に深遠な内容を含んでいますので、他の瞑想やヨガに通じた人、親しんでいる人にも大いに参考になります。

内容)
ヨガ:瞑想できる体づくりヨガ
讃歌:「プレクシャ・メディテーション 讃歌・マントラ・スートラ集」から1-2歌
講義・瞑想:中~上級者向け内容

日時:2025年12月7日(日)10-12時(開場:9時半)

会場:茗荷谷中央大学キャンパス2階(住所:大塚1丁目4番地)
*丸の内線茗荷谷駅前の春日通りを左に行くと、新設の中央大学茗荷谷キャンパスがあり、その2階になります。中央大学正面入り口の手前左側に階段、右側にエレベーターがあります。お間違いのないようご注意ください。2階に上がって頂き、入り口に入り、左に進み、受付窓口先を右に曲がった正面扉に、「元気アップヨガ」の貼紙がございまして会場になります。施設の関係上「プレクシャ・メディテーション」の記載ではありませんので、ご了承ください。


会場参加受講料:2000円
アーカイブ動画視聴:1000円
*アーカイブ動画視聴の場合、クラス終了後1週間以内に、クラス動画を共有させて頂きます

指導者:伊東真知子(指導ランク:講師)*ヨガ担当*

日本プレクシャ・ディヤーナ協会 役員
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印5回(2019年3月時点)
1980年沖ヨガ入門
1982年ヨガ指導開始
2008年プレクシャ・メディテーション指導開始
月2回神保町区民館にてヨガと瞑想クラス開催

指導者:坂本知忠(指導ランク:教師)*讃歌、講義、瞑想担当*

 
日本プレクシャ・ディヤーナ協会会長
水晶瞑想両方研究所主宰
ヨガ瞑想指導歴40年以上
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印16回(21回)
2015年プレクシャ・アウオード受賞
著書:『ジャイナ教の瞑想法』『勝利者の瞑想法』『坐禅の源流印度へ』『自分で自分の医者になる』『瞑想理論と瞑想誘導実録 上 下巻』他

問合先:日本プレクシャ・ディヤーナ協会(japan@preksha.com)

申込先:こちらお申込み
*リンク先へ移行できない方は「問合先」まで氏名、携帯電話をご明記の上、お申込みください。 

コラム[正しい認識を持つことは難しい【科学と哲学の間の問題】]

 「正しい認識を持つことは難しい」とはプレクシャ・メディテーションの技法の一つ、アヌ・プレクシャ(徹底的に考える、智慧の瞑想)のテーマの一つになっている。2600年前のマハーヴィーラの時代には瞑想法は「智慧の瞑想」が主流だったらしい。マハーヴィーラが弟子に語ったとされるアーガマ経典の「アーヤーランガ」では出家者を「黙考の修行者」と呼称しでいる。
私はここで、以下に意識と認識とカルマと私達の関係性にいろいろ考察の光をあてて見ようと思う。

 生命体のことをインドの言葉でジーヴァと言う。ジーヴァはまた日本語に訳せば霊魂となる。霊魂と云うのはジャイナ教哲学では魂の二面性として説明する。魂はアートマンと称され、純粋な魂と汚染された魂とに別けて考えている。全て生き物の魂は純粋な魂にカルマ的物質の付いた汚れた魂となっている。汚れた魂は輪廻している魂で清らかな魂は輪廻から外れた魂である。

 カルマによって汚染された魂から、汚れであるカルマ物質を取りのぞけば、後に残るのは純粋なる魂だけとなる。汚れた魂の汚れをとることが私たちが生きている究極の目的なのだと、ジャイナ教は主張する。魂を清らかにすることが修行であり、完全に清らかになればそれが解脱である。解脱とは苦しみからの解放であり、もう生命体に生まれない、輪廻転生からの離脱である。

 霊魂は本当は魂霊と訳すべきである。魂はジーヴァの畢竟の浄(汚れてもいなければ、清らかでもない究極の純粋さ)のことで、霊とはジーヴァの汚れた魂の部分で、個性別のことである。

魂霊に備わっている本質的なものが意識である。
その意識によって物質的カルマが引き寄せられて、私達の今ある姿が出来上がっているのだとジャイナ教は主張する。

 純粋な魂は共通性であり普遍性であり、非物質的なものてある。非物質はエネルギーではないから変化しないので常住(生じるものでもなく滅するものでもなく、永遠不変の実在体)であると云われる。これが私達の本質であり真我と呼ぶべきものである。こういう認識、知識、哲学は五感や思考、科学性を超えた深い認識によってもたらされる。

 霊とは物質的なカルマの汚れを含んで、私たちの原因体を形成している個我である。物質的なものはエネルギーであるし、変化するから常住ではない。様々なカルマに汚染されているから、それぞれの魂は個性と特殊能力を持っているのである。個別性と特殊性を有するカルマ物質の影響で、私達の霊体は原因体でもあるから、原因と結果の微細なバイブレーションを常に周囲に放射している。その内から出ているエネルギー波動に応じて、外から様々な超微細なカルマ物質を霊体に引き寄せている。これが私たちの命のシステムである。カルマ物質はエネルギーであるし、変化するから、取りのぞくことが出来るのである。

意識とは何か?
意識とは気付いていることであり、外の世界や自分自身の身体の状態が解ってる状態である。又、自分が今、体験している感覚、感情、思考、記憶などの総体でもある。何かを経験しているという主観的な感覚そのものが意識であり、その経験の全てが意識を構成している。意識を持っているから生命体は、自他を認識出来るのである。

認識とは何か?
認識とは対象をはっきりと区別が出来て、理解し知ることが出来る事である。さらには知ったことの知識のことでもある。だから、私達の魂霊には意識が備わっているから認識でき知性があると云えるのである。

認識の出発点は感覚である。
苦楽の感覚によって好き嫌いが起こり、欲しいと云う欲望と遠ざけたいという怒りが起こってくる。生きているとき、必ずそれが起こっている。苦楽も好嫌も同じことのレヴェルの違いのことであるから、受け手によって評価が違ってくる。評価の違いが認識の違いになり体験と反応(行動)の違いになる。反応が違えば結果も違ってくる。行動が原因となっていて、その原因の中に既に結果が入っている、とジャイナ教は主張する。原因と結果は一つの事であるから、結果がまた原因になる。起こったことに対してどのように反応したかが、次の結果を生み出す原因になっている。そこに、条件と環境である縁を加えたものが因果律である。因果律を理解するためにカルマについて認識を深める必要性がある。

正しく行動するためには正しい認識をもつ必要がある。
正しい認識と正しい知識を持つことが悟りへの道に一番必要な基本要素なのだと思う。

中世ジャイナ教の考え方では5種類の認識について解説している。五種類の認識とは次のようなものである。

間接的な認識二つ・思考が伴っている  

①感覚器官によって得られる認識
②聖典・言葉の教え(これらも感覚器官に依る) 現代では検査器機による認識も含む

直接的な認識三つ

③直感
④他人の心や思想に関する認識
⑤全知

 直感による認識や他人の心が解る認識は、五感や心の機能を介さないで、時間空間を隔てていても、認識できる直接的な認識であるが、誤りを含んでいることがある。透視や千里眼のような認識はカルマの減少によって発現するが、魂が完全なアカルマになっていないから限定的なものである。読心術は憎悪や嫉妬心が少なくなると発現すると云われている。これも限定的なものである。一方、全知は、魂に付着したカルマが私達の認識の障害になっているのだから、その障害が完全に無くなれば全知に至るのである。

 全知は常に正しく、誤りを犯すことが無い。全知は認識と知識に何の制約も無く絶対的なものだと云われている。全知とは全能と同義であり、アカルマになって完全解放されたアラハンの認識・知識である。全知こそが正しい認識なのである、アラハンになるのが難しいのだから正しい認識を持つのが難しいのである。非物質を完全に認識できるのは全知の認識でなければ不可能なのだと思う。

 プレクシャ・メデテーションで目指すのは全知になることであるが、その前に直観力を高めるために自己を損ねるカルマを少なくしなければならない。

それには五感の知覚を超えた知覚の超感覚的感知を高める必要性がある。プレクシャ・メディテーションを訳して知覚瞑想と呼んでいるが、本当は『直感的知覚瞑想』と云うべきなのである。

 直感的知覚瞑想では感覚器官に依る知覚を介さず、思考に依る判断識別を停止して、純粋意識で自己の内部を観察するのである。このような理論に基づいて構成されたシステマチックな瞑想がプレクシャ・メディテーションである。

<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2025/10/31からの転載です)

2025.11月開催 坂本知忠先生から学ぶプレクシャ・メディテーション-プレクシャ・ヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス-

プレクシャ・メディテーションは、今から約2600年前、ブッダの時代からインドに伝わる古代瞑想法を、やはり仏教と同じ時代から存在し受け継がれている古代宗教ジャイナ教(テーラパンタ派)の前最高指導者であるアチャーリヤ・マハープラギャ師が、最新科学の知見を採り入れて現代的に再構成した古くて新しい瞑想法です。

理論面、実践面ともに、細かく体系的に構築されている瞑想法であるため、説明が平易で、初心者でも簡単にはじめられる内容になっています。

理論的には非常に深遠な内容を含んでいますので、他の瞑想やヨガに通じた人、親しんでいる人にも大いに参考になります。

内容)
ヨガ:瞑想できる体づくりヨガ
讃歌:「プレクシャ・メディテーション 讃歌・マントラ・スートラ集」から1-2歌
講義・瞑想:中~上級者向け内容

日時:2025年11月9日(日)10-12時(開場:9時半)

会場:茗荷谷中央大学キャンパス2階(住所:大塚1丁目4番地)
*丸の内線茗荷谷駅前の春日通りを左に行くと、新設の中央大学茗荷谷キャンパスがあり、その2階になります。中央大学正面入り口の手前左側に階段、右側にエレベーターがあります。お間違いのないようご注意ください。2階に上がって頂き、入り口に入り、左に進み、受付窓口先を右に曲がった正面扉に、「元気アップヨガ」の貼紙がございまして会場になります。施設の関係上「プレクシャ・メディテーション」の記載ではありませんので、ご了承ください。


会場参加受講料:2000円
アーカイブ動画視聴:1000円
*アーカイブ動画視聴の場合、クラス終了後1週間以内に、クラス動画を共有させて頂きます

指導者:伊東真知子(指導ランク:講師)*ヨガ担当*

日本プレクシャ・ディヤーナ協会 役員
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印5回(2019年3月時点)
1980年沖ヨガ入門
1982年ヨガ指導開始
2008年プレクシャ・メディテーション指導開始
月2回神保町区民館にてヨガと瞑想クラス開催

指導者:坂本知忠(指導ランク:教師)*讃歌、講義、瞑想担当*

 
日本プレクシャ・ディヤーナ協会会長
水晶瞑想両方研究所主宰
ヨガ瞑想指導歴40年以上
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印16回(21回)
2015年プレクシャ・アウオード受賞
著書:『ジャイナ教の瞑想法』『勝利者の瞑想法』『坐禅の源流印度へ』『自分で自分の医者になる』『瞑想理論と瞑想誘導実録 上 下巻』他

問合先:日本プレクシャ・ディヤーナ協会(japan@preksha.com)

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コラム[雰囲気と人格]

私達の潜在意識はコンピューターのハードディスクのような機能を持っている。私達の体験や日常生活でどの様に反応したかが潜在意識にインプットされている。インプットされているものは知識や記憶ではない。出来事に対してどの様に反応したかが性格や人格となって根付いている。それらは外部情報に対してのどの様に反応するかという心の癖のようなものだ。知識や記憶は身体機能としての脳が行っていて、それは例えれば取り外しできるパソコンのメモリーのようなものである。身体の死とともに知識や記憶は消滅する。

しかし、性格や人格、嗜好は潜在意識にインプットされていて肉体が死滅した後、次の生に引き継がれていくものと云える。同時に性格や人格、嗜好は次の生を引き寄せる原動力になっている。それがカルマである。人はカルマによってそこに生まれ、そのような身体を持ち、そのように生活し、奴隷のように操られ、カルマによって死ぬ。カルマは肉体の死によって終わるものでもない。カルマは命や魂に付いて変化しながら継続する。

カルマは因縁とも云い、原因である種が、縁である土や水、気温、光によって発芽し成長し実を結ぶと例えられる。リンゴの種にはリンゴが稔り、かぼちゃの種にはかぼちゃが稔る。リンゴの種にかぼちゃは成らないという自然法則の事である。さらにカルマは意志であり行為でもある。意志や行為によって結果が変わるからだ。又、結果(受業)の事をカルマという。その結果が潜在意識にインプットされると原因としてのカルマ(因業)になる。カルマは輪廻転生の原動力であり、私達に自業自得と自己責任、全肯定の生き方を教えてくれている。自然界や人間社会を良く観察するとカルマの法則があらゆるところに浸透していることが理解できる。

全ての人間は個性的である。まったく同じ人は過去にも現在も未来も存在しない。人生は一度だけというのがそういう意味だ。人間は個別で大変ユニークな存在である。つまり、全ての人のカルマは違うということである。人それぞれに雰囲気や人格が異なるのもカルマがあるからだ。いやしく愚鈍な雰囲気、清らかで崇高な雰囲気、それらは肉体レベルを超えた内部からのカルマの放射であるところのある種のエネルギーである。カルマとしてのエネルギー放射は身体を繭のように取り囲むオーラになる。近年、オーラカメラによってそのエネルギーを写真に映すことが不完全ながら出来るようになった。

オーラは肉眼では見ることが出来ない霊的な色彩光である。私達の叡智はその霊的な色彩光を感知して人格や人の雰囲気として解釈している。人の印象、雰囲気、気が合う合わないは、叡智が知覚しているだ。類は類を呼ぶの喩えではないが、同質なものの中では居心地が良い。一方、カルマは条件が整うと解消されるべく現れてくる。解消されるために、都合の悪い人と出会わなければならないし、時には好きでない条件や嫌いな環境が与えられるのだ。条件や環境は誰かによって与えられるのではなく、自らがカルマの解消のために叡智が選択しているのである。時が来て条件が整えば、受け止めなければならないことは受け止めざるを得ないし、やらなければならないことはやらざるを得ないのです。

ジャイナ教哲学では魂をカルマ体が覆っていて、魂からの霊的放射はカルマ体を通過するときに善い悪いの霊的な色彩が付いて、それが電磁気的な身体、そして肉体へと広がってゆき肉体外部への霊的エネルギー放射となると考えられている。そのエネルギーには霊的色彩がついている。この内部から外部への霊的色彩光の放射をレーシャという。レーシャと云う概念を使うとカルマや人格、雰囲気など矛盾なく説明できる。又、外部から内部へと向かう反対のレーシャを使えば、その人の雰囲気と共に性格やカルマ云った潜在意識下のインプットを書き換えることが出来る。これを応用したのがレーシャ・ディヤーナであ
り、アヌプレクシャである。

カルマの改善、コントロールこそ仏教とジャイナ教が目指す修行であり、それが解脱への道である。仏陀は一瞬一瞬変化しつつ継続していく命はあるが、不変の魂は無いといった。命がカルマによって輪廻転生すると説明した。心を観ている叡智が命であるなら、命と魂は言葉の定義の問題で同じことを云っているのではないだろうか。瞑想している時に自分の身体や心、意識を観じているのは心ではなく叡智である。心で心を観ることは出来ない。カルマで汚れた不純な心を、叡智である純粋意識が観ることは出来る。叡智を命といえば命になるし魂といえば魂になる。カルマが清められて変化する不純な心が純粋になって消滅したとき魂の理想状態が現れる。「アカルマの道」は金鉱石を精錬して純金にする過程にも似ている。心を清らかにする方法の事を、「魂の汚れをとる」と表現したほうが多くの人々に解りやすい。不滅の魂があるかないかは古代から続く未決着の論争だ。正しい間違いの問題ではない。

<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2012/6/25からの転載です)

コラム「プレクシャな生活」一覧

*各指導士名・コラムから各記事へ遷移します*

プレクシャな生活(日本プレクシャ・ディヤーナ協会 指導士・目黒かおる)

プレクシャな生活(日本プレクシャ・ディヤーナ協会 指導士・岩渕 和恵)

プレクシャな生活(日本プレクシャ・ディヤーナ協会 指導士・福元朗)

プレクシャな生活(日本プレクシャ・ディヤーナ協会 指導士・谷内 健太郎)

プレクシャな生活(日本プレクシャ・ディヤーナ協会 指導士・山口みゆき)

プレクシャな生活(日本プレクシャ・ディヤーナ協会 指導士・高山知子)

プレクシャな生活(日本プレクシャ・ディヤーナ協会 指導士・柿澤 真紀子)

プレクシャな生活(日本プレクシャ・ディヤーナ協会 準指導士・佐々木 薫)

プレクシャな生活(日本プレクシャ・ディヤーナ協会 準指導士・大野ゆか)

プレクシャな生活(日本プレクシャ・ディヤーナ協会 準指導士・深野晶子)

 

2025.10月開催 坂本知忠先生から学ぶプレクシャ・メディテーション-プレクシャ・ヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス-

プレクシャ・メディテーションは、今から約2600年前、ブッダの時代からインドに伝わる古代瞑想法を、やはり仏教と同じ時代から存在し受け継がれている古代宗教ジャイナ教(テーラパンタ派)の前最高指導者であるアチャーリヤ・マハープラギャ師が、最新科学の知見を採り入れて現代的に再構成した古くて新しい瞑想法です。

理論面、実践面ともに、細かく体系的に構築されている瞑想法であるため、説明が平易で、初心者でも簡単にはじめられる内容になっています。

理論的には非常に深遠な内容を含んでいますので、他の瞑想やヨガに通じた人、親しんでいる人にも大いに参考になります。

内容)
ヨガ:瞑想できる体づくりヨガ
讃歌:「プレクシャ・メディテーション 讃歌・マントラ・スートラ集」から1-2歌
講義・瞑想:中~上級者向け内容

日時:2025年10月5日(日)10-12時(開場:9時半)

会場:茗荷谷中央大学キャンパス2階(住所:大塚1丁目4番地)
*丸の内線茗荷谷駅前の春日通りを左に行くと、新設の中央大学茗荷谷キャンパスがあり、その2階になります。中央大学正面入り口の手前左側に階段、右側にエレベーターがあります。お間違いのないようご注意ください。2階に上がって頂き、入り口に入り、左に進み、受付窓口先を右に曲がった正面扉に、「元気アップヨガ」の貼紙がございまして会場になります。施設の関係上「プレクシャ・メディテーション」の記載ではありませんので、ご了承ください。


会場参加受講料:2000円
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指導者:まついちえこ(指導ランク:講師)*ヨガ担当*

日本プレクシャ・ディヤーナ協会 役員
1978年 沖ヨガに入門 沖正広導師のご縁で指導員研修を受ける
~1986年 三上光治先生の元で指導員・カルチャースクール・大手企業等でヨガ指導
2006年 沖ヨガ指導員として復帰
2007年 プレクシャ・国際キャンプに初参加
以来プレクシャ研修のために渡印5回
シバナンダアシュラム + ヒマラヤ巡礼・他・インド旅 14回(2024年現在)
日本プレクシャ・ディアーナ協会 講師・役員
プレクシャ・インターナショナル  国際プレクシャ・上級教師
NPO.沖ヨガ協会  \講師・理事
動禅整体師

指導者:坂本知忠(指導ランク:教師)*讃歌、講義、瞑想担当*

 
日本プレクシャ・ディヤーナ協会会長
水晶瞑想両方研究所主宰
ヨガ瞑想指導歴40年以上
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印16回(21回)
2015年プレクシャ・アウオード受賞
著書:『ジャイナ教の瞑想法』『勝利者の瞑想法』『坐禅の源流印度へ』『自分で自分の医者になる』『瞑想理論と瞑想誘導実録 上 下巻』他

問合先:日本プレクシャ・ディヤーナ協会(japan@preksha.com)

申込先:こちらお申込み
*リンク先へ移行できない方は「問合先」まで氏名、携帯電話をご明記の上、お申込みください。 

コラム[流れて時が過ぎれば]

他の人に接しその人を見る時、お金持ちを,お金持ちと見てはならない。又、貧乏人を見る時、貧乏人と見てはならない

健全なアスリートを見ても,健康だと見てはならないし、精神障害者を見ても, 精神障害者と見てはならない。

社会的地位の高い人、立派な人格者を見ても、地位の高い人、人格者と見てはならない。

幼子を見た時に, 幼子と見てはならないし、老人を見た時、老人だと見てはならない。
 
犯罪者を見た時犯罪者だとみてはならないし、有名人、善行者或いは英雄を見た時に、今ある姿だけを見てはならない。

この世に生まれた人で欠点の無い人はいないし、何も才能を有しない人もいない。
超の付く美人やイケメンはそれだけの才能で、姿形が美しくない人は沢山の才能を持っている。

女性は有る時男性だったし、男性は有る時女性になるだろう。地獄の住人が天界に生まれることもあるだろう。またその逆も。

今ある個性や才能、人格は一時的なものである。流れて時が過ぎれば、全ての人、全てのものは、違う場所で違うものになっているのである。

現在、人間として生まれてきた生命は、これまでに沢山の輪廻転生を経験してきた。その沢山の体験は霊体の中に書き込まれているのである。その書き込みを聖なる智慧と行動で消去すれば、原因の体としての幻のような霊体が無くなって、つまり霊魂の霊の部分が無くなって純粋なる魂だけになるのである。それが自己解放の悟りであり解脱である。何から解放されるのか特殊性、個別性の自己から解放されて共通性、普遍性になるのである。特殊性、個別性を生み出している汚れが無いから、生き物に生まれる原因がなくなって結果として輪廻から解脱するのである。

<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2025/8/31からの転載です)

2025.9月開催 坂本知忠先生から学ぶプレクシャ・メディテーション-プレクシャ・ヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス-

プレクシャ・メディテーションは、今から約2600年前、ブッダの時代からインドに伝わる古代瞑想法を、やはり仏教と同じ時代から存在し受け継がれている古代宗教ジャイナ教(テーラパンタ派)の前最高指導者であるアチャーリヤ・マハープラギャ師が、最新科学の知見を採り入れて現代的に再構成した古くて新しい瞑想法です。

理論面、実践面ともに、細かく体系的に構築されている瞑想法であるため、説明が平易で、初心者でも簡単にはじめられる内容になっています。

理論的には非常に深遠な内容を含んでいますので、他の瞑想やヨガに通じた人、親しんでいる人にも大いに参考になります。

内容)
ヨガ:瞑想できる体づくりヨガ
讃歌:「プレクシャ・メディテーション 讃歌・マントラ・スートラ集」から1-2歌
講義・瞑想:中~上級者向け内容

日時:2025年9月7日(日)10-12時(開場:9時半)

会場:茗荷谷中央大学キャンパス2階(住所:大塚1丁目4番地)
*丸の内線茗荷谷駅前の春日通りを左に行くと、新設の中央大学茗荷谷キャンパスがあり、その2階になります。中央大学正面入り口の手前左側に階段、右側にエレベーターがあります。お間違いのないようご注意ください。2階に上がって頂き、入り口に入り、左に進み、受付窓口先を右に曲がった正面扉に、「元気アップヨガ」の貼紙がございまして会場になります。施設の関係上「プレクシャ・メディテーション」の記載ではありませんので、ご了承ください。


会場参加受講料:2000円
アーカイブ動画視聴:1000円
*アーカイブ動画視聴の場合、クラス終了後1週間以内に、クラス動画を共有させて頂きます

指導者:伊東真知子(指導ランク:講師)*ヨガ担当*

日本プレクシャ・ディヤーナ協会 役員
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印5回(2019年3月時点)
1980年沖ヨガ入門
1982年ヨガ指導開始
2008年プレクシャ・メディテーション指導開始
月2回神保町区民館にてヨガと瞑想クラス開催

指導者:坂本知忠(指導ランク:教師)*讃歌、講義、瞑想担当*

 
日本プレクシャ・ディヤーナ協会会長
水晶瞑想両方研究所主宰
ヨガ瞑想指導歴40年以上
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印16回(21回)
2015年プレクシャ・アウオード受賞
著書:『ジャイナ教の瞑想法』『勝利者の瞑想法』『坐禅の源流印度へ』『自分で自分の医者になる』『瞑想理論と瞑想誘導実録 上 下巻』他

問合先:日本プレクシャ・ディヤーナ協会(japan@preksha.com)

申込先:こちらお申込み
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