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コラム:静と動

孫子に曰く、静かなること林の如く、動かざること山のごとし。武田信玄も風林火山の旗印にした。林は静かか、山は動かないかは別問題として、動くこと止まることは一つの事と云える。このことを古人は静動一如と云った。静動一如は名人、達人、悟りの境地である。それは静けさ、止まっていることのなかに、莫大なエネルギーが湛えられていて時が至れば激しく動くと云うことを意味する。また、激しく動いているのにそこに静けさをあわせ持っていることでもある。例えればダム湖の水は波静かであるが、甚大な位置のエネルギーを持っているし、地球は秒速900キロメートルで宇宙空間を移動しているが地上で生活している人間には静止しているとしか感じられない。

動くと云うのは一体なんなのか。

人間がこの世に生を受けるということは、一時も止まることが許されない躍動の中に放り出されることなのだ。人間は常に動かなければならない、人間は変化しなければならない。動かないことじっとしていることは肉体的に苦痛なので常に体勢姿勢を変え続けなければならないように出来ている。立ち続けることも苦痛、座り続けることも苦痛、寝続けることも大変な苦痛なのだ。古人は動くと云うことが心地よいにもかかわらずなぜ苦痛を承知で体の動きを止め、呼吸を限りなく鎮め、思考を止め、体内感覚の波を鎮めようとしたのか。それは、それらが止まり鎮まったときに動いているとき以上の至福感があるからだ。

我々は時間を止めることは出来ないし、地球や惑星の動きを止めることも出来ない。体の中で細胞レベルで起こっている変化の流れも止めることは出来ない。神経細胞の中を流れてゆく電磁気的な流れは継続している。その流れと共におこっている感覚を知覚しているとき、思考が止まって心が鎮まり、知覚が観じようとする対象の感覚と一つになって、粗雑な感覚から微細な感覚へ、希薄な感覚へ、さらに無限に広がる均一で透明な静かに静止した感覚になっていることがある。そんなときは時間も無くなってしまったような、自己と云う存在もなくなってしまって根源的なものだけが立ち現われている気がする。

過去と現在と未来が一瞬のなかにことごとくあって、知覚すべき動きがまったくない静止したような状態、三次元的な空間ではない広がり、観じようとする意識と観じられる対象が双方透きとおったようになる。

そんな体験が未熟な私にもときどき起こる。

私はもっと深く動と静について探求しなければならないと思っている。

私達は動いていること、生命が永遠なる過去現在未来に繋がっていることやもっと多くのことを川の流れに学ばなければならないし、止まっていることの意味、忍耐を大木老樹に学ばなければならないと思う。私は最近、川が先生であり、老樹が友達であり、それらと自分がなんら変わりなく同じものだとの気持ちが目覚めてきた。山や川や森を観察し自分の内部を観察することが万巻の書物を読むことより大事だと解ってきた。

<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2012/1/25からの転載です)

2024.4月開催 坂本知忠先生から学ぶプレクシャ・メディテーション-プレクシャ・ヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス-

 

プレクシャ・メディテーションは、今から約2600年前、ブッダの時代からインドに伝わる古代瞑想法を、やはり仏教と同じ時代から存在し受け継がれている古代宗教ジャイナ教(テーラパンタ派)の前最高指導者であるアチャーリヤ・マハープラギャ師が、最新科学の知見を採り入れて現代的に再構成した古くて新しい瞑想法です。

理論面、実践面ともに、細かく体系的に構築されている瞑想法であるため、説明が平易で、初心者でも簡単にはじめられる内容になっています。

理論的には非常に深遠な内容を含んでいますので、他の瞑想やヨガに通じた人、親しんでいる人にも大いに参考になります。

2024年クラスから、プレクシャヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス、として開催してまいります。

内容)
ヨガ:当日告知
讃歌:当日告知
講義:当日告知
実習:当日告知

日時:2024年4月7日(日)10-12時(開場:9時半)

会場:神保町区民館 2階洋室B
(住所:東京都千代田区神田神保町2-40)
*リノリュームの床で座布団等はありません。ヨガマット、持ち運び用の簡易座布団など各自ご持参ください。

会場参加受講料:2000円
アーカイブ動画視聴:1000円
*アーカイブ動画視聴の場合、クラス終了後1週間以内に、クラス動画を共有させて頂きます

講師:伊東真知子(指導ランク:講師)*ヨガ担当*

日本プレクシャ・ディヤーナ協会 役員
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印5回(2019年3月時点)
1980年沖ヨガ入門
1982年ヨガ指導開始
2008年プレクシャ・メディテーション指導開始
月2回神保町区民館にてヨガと瞑想クラス開催


講師:坂本知忠(指導ランク:教師)*讃歌、講義、瞑想担当*

 
日本プレクシャ・ディヤーナ協会会長
水晶瞑想両方研究所主宰
ヨガ瞑想指導歴35年以上
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印13回
2015年プレクシャ・アウオード受賞
著書:「白神山地」「虹のクリスタル・ワーク」「ジャイナ教の瞑想法」「勝利者の瞑想法」「坐禅の源流印度へ」「自分で自分の医者になる」他

問合先:日本プレクシャ・ディヤーナ協会(japan@preksha.com)

申込先:こちらお申込み
*リンク先へ移行できない方は「問合先」まで氏名、携帯電話をご明記の上、お申込みください。 

2024年プレクシャ・メディテーション・キャンプ

【テーマ】
4ステップ瞑想の習得、ムドラ瞑想、讃歌の練習、タオ・ヨガの訓練

【概要】
伊豆・河津町、今井浜海岸から2キロほど山中に入ったいりあい村は佐藤松義先生が後世に沖道ヨガを伝え残すべく開設した道場で、ライフサイエンスYOGA道場と呼ばれています。今年のプレクシャ・メディテーション合宿は皆さまにこの素晴らしい施設を知っていただくために、いりあい村で行います。河津町は海あり山あり温泉ありの、伊豆半島東海岸の有名観光地です。

プレクシャ・メディテーションが初めての人、学び続けている古い生徒さん、指導士、講師の先生 皆が一堂に会し親睦を深め合うキャンプを開催します。皆さんお誘いの上参加ください。

【日時】2024年5月31日(金)~6月2日(日)

【会場】いりあい村 YOGA道場

【参加費】
1泊2日18,000円 宿泊費・食事3回・講習費含む
2泊3日30,000円 宿泊費・食事5回・講習費含む
*会員の方は2000円引き。申込時に会員になることも可能です。
*現地までの交通費及び温泉入浴料は別途になります。

【持ち物】
ヨガの出来る服装、散策用スニーカー、タオル、洗面化粧道具、パジャマ、筆記具、『ジャイナ教讃歌集』(お持ちでない方は当日500円で購入できます。)

【講師】坂本知忠、伊東真知子、高山知子、その他協会指導士

【集合時間】31日14:00(昼食は済ませてきてください)

【解散】2日12:00(昼食後解散となります)

【交通】熱海駅から伊豆急下田行きが便利です。
*電車で来られる方のご案内
熱海駅発:11:32(JR伊東線・伊豆急下田行き)
今井浜海岸着:12:58

熱海駅発:12:24(JR伊東線・伊豆急下田行き)
今井浜海岸着:13:49
 
*上記いずれかの列車に合わせて乗車下さい。今井浜海岸駅に出迎えます。
*上記以外の列車ご利用の方は今井浜海岸駅の隣駅・河津駅まで来てください。
*河津駅からはタクシーを利用ください。行先は「いりあい村」と言ってください。出迎えはありません。

申込先:こちらお申込み
*リンク先へ移行できない方は、「問合先」まで氏名、携帯電話、交通手段をご明記の上、お申込みください。
*1泊2日でご参加希望の方は下記どちらかお書き沿いの上お申し込み下さい
①5/31~6/1参加  ②6/1~2参加

問合先:日本プレクシャ・ディヤーナ協会(japan@preksha.com)

 

コラム:非対立主義について

私はジャイナ教の戒律アネカンタを今まで、不定主義とか非独善主義と訳してきた。今後は非対立主義の意味も含めたいと思う。世界には沢山の宗教哲学がある。なぜ沢山の宗教哲学があるかと言えば、それらがどれも完璧でないからだ。それぞれの宗教哲学が皆正しいと言えるし、同時に皆間違っているとも言える。

南伝仏教では神もなければ魂もない(無元論)と言い、北伝仏教では神も魂も認める宗派(二元論)がある。ジャイナ教では宇宙を創造した神はないが魂があり、それを純粋にすることを修行の第一としている(魂だけの一元論)。ヴェーダンタ派は唯一の神としてブラフマン(梵)を認め、真我であるアートマンと梵は本来一つのものだとする梵我一如(一元論)を唱えている。サーンキャ哲学はプルシャ(魂)とプラクリティ(現象)を説く二元論である。

また、世界には沢山の国々とそこの人々の政治と生活と文化、伝統、習慣がある。これもどれが正しくどれが間違っているという問題ではない。その時の必要性からそういうものが存在するのだ。韓国が竹島は韓国のものだと強引に既成事実を積み上げている。中国は尖閣諸島を中国領だと主張し始めた。お互いに領有権を主張しあえば争いになり戦争になる。このような場合アネカンタで解決するにはどうしたらよいか。国家間の重要問題である。

アネカンタの理想は、争わない、主義主張しない、抗議しない、要求しない、決めつけない、腹を立てない、自分から変わることだが、もう一つ大事なことはすぐに反応したり即答せずに、相手にゆっくり考えさせるということもある。どうしたら平和で双方の利益になるかを考える時間を相手に与える意味も含んでいる。

軍事的に強い国が周辺諸国に覇権の手を伸ばす事は、歴史上、沢山の実例がある。私見では、チベットは中国では絶対ないのに強引に中国にされてしまった。新疆ウイグル自治区も歴史的にみて中国ではないだろう。中国は本来大陸の国であり、また万里の長城の内側の国である。そういう観点からみれば台湾は島なので中国ではないし、南沙諸島の島々も中国領であるはずがない。中国が軍事的にも経済的にも強くなったため周辺諸国に触手を伸ばしているようにみえる。人類史も動物と同じで、弱肉強食がその真の姿である。平和を望むなら相手の要求を飲み忍耐するしかない。土地争いは人類史上、生存権を賭けた熾烈な争いであった。ロシアには北方領土を返す意思はないだろう。土地は実効支配した者の物になる。盗られたくなかったら打ち払うしかないが、そうすれば戦争になる。所有や領有を争うのではなく、人類の幸せの観点から条約をつくり平和に相互利用できたら一番良い。

かって韓国は日本の植民地だった。中国は日本と戦争をしていた。日本は太平洋戦争でアメリカに敗れたが、中国や韓国と戦争して敗れたわけではない。中国や韓国の国民が日本に対して複雑な感情を持っているのは事実である。中国や韓国の国民生活が豊かになり、日本と同等意識・ライバル意識を持ち始めたことが、竹島問題であり、尖閣諸島問題であると私は見ている。竹島は取り返すのが大変だと思う。尖閣諸島は早急に日本が施設を造り防人を置かなければ難しいことになる。付け入る隙を与えないこと、油断しないことが大事である。相手に考える時間を与える方法がこの事である。

自分から変わる方法として、戦国時代、江戸時代はどうだったかと考えることだ。江戸時代は幕府が全国統治していたが沢山の旛に国が分断されていた。その頃、会津旛の人に隠岐や対馬の問題は関係なかっただろう。琉球の話をしてもピントこなかっただろう。今、世界人類が国境を無くし、人類が相互に混じり合い、混血を繰り返す方向に動いている。世界中、好きなところに自由に住めると考えてみる。すると民族主義もなくなり、領土問題も解決することだろう。民族主義、国家エゴは平和の敵である。グローバリゼーションは経済の分野で、金融の分野で、情報の分野で急速に進展しているが、世界が一つの国になるまで越えなければならない壁がまだいくつもあるだろう。世界が一つの国、一つの人類になれば、このような領土問題は存在しなくなる。それを可能にするのがアネカンタの哲学だ。

<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2012/8/25からの転載です)

2024.3月開催 坂本知忠先生から学ぶプレクシャ・メディテーション-プレクシャ・ヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス-

プレクシャ・メディテーションは、今から約2600年前、ブッダの時代からインドに伝わる古代瞑想法を、やはり仏教と同じ時代から存在し受け継がれている古代宗教ジャイナ教(テーラパンタ派)の前最高指導者であるアチャーリヤ・マハープラギャ師が、最新科学の知見を採り入れて現代的に再構成した古くて新しい瞑想法です。

理論面、実践面ともに、細かく体系的に構築されている瞑想法であるため、説明が平易で、初心者でも簡単にはじめられる内容になっています。

理論的には非常に深遠な内容を含んでいますので、他の瞑想やヨガに通じた人、親しんでいる人にも大いに参考になります。

2024年クラスから、プレクシャヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス、として開催してまいります。

内容)
ヨガ:背骨の調整と脊柱起立筋を鍛える
讃歌:当日告知
講義:当日告知
実習:当日告知

日時:2024年3月3日(日)10-12時(開場:9時半)

会場:茗荷谷中央大学キャンパス2階(住所:大塚1丁目4番地)
*丸の内線茗荷谷駅前の春日通りを左に行くと、新設の中央大学茗荷谷キャンパスがあり、その2階になります。中央大学正面入り口の手前左側に階段、右側にエレベーターがあります。お間違いのないようご注意ください。

会場参加受講料:2000円
アーカイブ動画視聴:1000円
*アーカイブ動画視聴の場合、クラス終了後1週間以内に、クラス動画を共有させて頂きます

講師:伊東真知子(指導ランク:講師)*ヨガ担当*

日本プレクシャ・ディヤーナ協会 役員
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印5回(2019年3月時点)
1980年沖ヨガ入門
1982年ヨガ指導開始
2008年プレクシャ・メディテーション指導開始
月2回神保町区民館にてヨガと瞑想クラス開催


講師:坂本知忠(指導ランク:教師)*讃歌、講義、瞑想担当*

 
日本プレクシャ・ディヤーナ協会会長
水晶瞑想両方研究所主宰
ヨガ瞑想指導歴35年以上
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印13回
2015年プレクシャ・アウオード受賞
著書:「白神山地」「虹のクリスタル・ワーク」「ジャイナ教の瞑想法」「勝利者の瞑想法」「坐禅の源流印度へ」「自分で自分の医者になる」他

問合先:日本プレクシャ・ディヤーナ協会(japan@preksha.com)

申込先:こちらお申込み
*リンク先へ移行できない方は「問合先」まで氏名、携帯電話をご明記の上、お申込みください。 

プレクシャな生活(日本プレクシャ・ディヤーナ協会 準指導士・深野晶子)

「自分が自分の医者になる」という魅力的なコピーに惹かれ、プレクシャメディテーションを受講し2年が経ちました。

以前は肉体の健康ばかりに囚われていましたが、今は、精神性の健康について気づくことができ、視点が変わったように思います。

身体の癖は鏡をみると気づくけど、心の癖は鏡では気づけない、カルマを次に持ち越さない!

プレクシャメディテーションは色々教えてくれました。

「大事なことは学校で教えてくれないんだよ」と先生がおっしゃったのが印象的で、振り返れば、哲学的なことは実際学校で教わったことはありませんでした。覚えてないだけかもしれませんが・・。

インドの生活では当たり前に宗教哲学があり、こどものころから、出家するとか、しないとか家庭の話題としてあがることがあまりにも日本との人生観の違いが衝撃的でした。

宗教というと、悪い側面ばかりが報道され、何かタブー感が漂う日本社会。

せめて子育て中にプレクシャメディテーションに出会えたことに感謝し、我が家のこどもとの会話に少しでもにじみ出るようになればと思います。

今年から娘が小学生。今の小学校がどんな授業をしているのか、新な視点で注目していこうと思います。

(2023年2月136号メルマガからの転載)
日本プレクシャ・ディヤーナ協会 準指導士・深野晶子

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秋に風邪をこじらせ肺炎になってしまいました。
以前は入院する病気でしたが、今は薬と通院で治る病気になり、医学の進歩はありがたい限りです。
さて、さっきまで普通に生活していたものが、医者から肺炎の診断が下ると、急に病人になってしまい、気持ちまで病んできます。

そんな時に手が伸びたのが沖先生の本でした。
「病はチャンス」「健康だから病気になる」等々、病気に対する前向きな言葉のおかげで、肺炎をチャンスととらえ、瞑想をしたり、アサナをしたりして過ごしました。もちろん呼吸は苦しい。でも毎日していると、今日はここまでできるようになったと呼吸の違いがはっきりとわかり、呼吸のありがたさが身に沁みました。

瞑想をするために動かないのではなく、動けないから瞑想をする、ということになってしまいましたが、このまま習慣になればそれも良しかと思います。ヨガの教えがあったおかげで前向きに過ごせ、治癒したわけですが、振り返れば、普段から自分を観ていなかった反省点。

どこかでただの風邪と肺炎まで進行してしまった分岐点があり、自分を観ていなかったため、見逃していたのです。もちろん、体力的なことだけでなく、精神的な面でも観るということ。瞑想中だけが内観の時間ではなく、普段の生活から「観る」を心がけてこそ、形だけではなく、瞑想を生活に活かすことを心がけたいと思いました。

(2023年12月145号メルマガからの転載)
日本プレクシャ・ディヤーナ協会 準指導士・深野晶子

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瞑想状態とはどんなものか、今だに辿り着けず道半ばです。千里の道も一歩よりと、最近気づいたことは身体の中に静けさを取り戻す感覚でした。頭のおしゃべりが止まればいいわけではなく、身体のざわざわ感もノイズなんだな、と気づいたのです。

よくわかるのがアサナを重ねることにより、身体の静けさを取り戻すことができます。
捻じりから戻った時、前屈から起き上がった時、強度の高いアサナのキープから開放した時、等々。
この体験からも、アサナが瞑想の準備であることは間違いありません。

食のコントロールでも体感できます。時々無塩菜食を行いますが、これも身体のざわざわ感がなくなります。
修行者が菜食なのも、非暴力の意味だけではないのでしょう。

日々の生活の中でも味わえる瞬間があり、それは食事でした。
調理の方が陰陽を理解し、適切な方法で調理したものを頂く機会がありました。
味はもちろん美味しいのですが、身体が静まりかえったという感覚もありました。

もちろん、技術だけではなく、調理する方の精神というものもあるでしょう。
食べる環境、相手など外部環境の影響もあるのかもしれません。

自分の状態もありますが、食べるものの身体に与える影響は栄養学の観点ではなくあるんだな、と思いました。日々の食事は作る側も、食べる側も、意識をもって行うことの大切さを確認した次第です。

心の静けさを取り戻す機会は、食だけなく、日常にも見つけられるよう、日々観察したいと思います。

(2024年6月151号メルマガからの転載)
日本プレクシャ・ディヤーナ協会 準指導士・深野晶子

 

コラム:エコ的生活は新しい非暴力運動です

日本近海の海水温が近年上昇してきていて、それが原因で、筑波の大竜巻や近年の集中豪雨、猛暑などが引き起こされているという。まさに地球温暖化を実感として感じざるを得ない昨今である。地球温暖化の要因は大気中の二酸化炭素やメタンの増加によるものであるが、元を質せば世界の人口増加と経済活動に行きつく。人間は、誰でも安全に快適に豊かに幸福に生きたいと願っている。その願いである欲望が行き過ぎて、逆に安全性や快適性が脅かされはじめているのが地球温暖化問題であり、原発問題である。

また私達人間はある意味で動物である。動物として観た場合、自然から離れた不自然な生き方は許されないように出来ている。現代先進諸国の人々の生活は快適ではあるが不自然生活そのものであり、よほど上手に不便さと折り合いをつけていかないと、心身が不調になる。自殺者の増加や鬱、アレルギー体質の問題なども現代人の不自然生活に起因していることが多いのではないかと私は考えている。もっと生の自然に接しなければ、真の意味の健康に達しないと云うのが私の考えだ。焚火の煙を吸い、蚊、蜂、アブ、ブヨ等の虫達に予防接種の注射を打ってもらったほうが良いと考えている。快適ばかりを追い求めて行くと、心身の適応性が失調してしまうのだ。

便利や快適さをどのレベルに置くことが人間の真の幸福に繋がるのかを今私は模索している。自分だけの幸せでなく、他の人々にとっても、未来の子孫に対しても、地球上の他の生き物達に対しても、責任ある行動と生き方は何か、そして幸せな暮らしとは何かを考え始めた。不便や不快を良い事、楽しい事と積極的に解釈できれば、今問題になっている人間としての正しい生き方は何かの解決策が見いだせるのかもしれない。

自分たちの暮らしが幸せであるかないかを論ずる時、比較する対象が必要となる。只見に住んでいる人は只見と首都圏との生活を比較して苦楽や幸不幸を論じている。つまり視野が狭いのである。只見とマダガスカルやミャンマーの田舎と比べたり、明治時代の只見の暮らしと、現代の暮らしを比べて論じることをしない。もし、そのような視点に立てば、いかに只見の暮らしが豊かで快適で便利で幸福感に満ち満ちているかがわかる。

江戸時代の只見と現代の只見の暮らしぶりを比較してみる。雪に閉ざされる冬の条件は同じである。今ある便利なものとして車、電気、照明、システムキッチン、灯油ストーブ、電気炬燵、羽毛布団など快適な寝具、快適な衣服、ゴム長靴、テレビ、パソコン、携帯電話、宅配便、スーパーマーケット、豊富な食料、学校、役所、その他沢山ある。年貢の重税はなく、補助金を貰える。江戸時代の人が蘇ったらビックリするだろう。

山村や離島で暮らしていた多くの人がより良い快適さ、便利さ、幸福さ、自由さ、やりたい仕事を求めてこの50年間に都会に移住していった。今では、山村や離島は過疎化し、集落が消滅し、先祖が永永として築き上げてきた耕地が荒廃してきている。日本人の悪いカルマ(過剰な贅沢)が積みあがっているのではないかと思ってしまう。いまや、新しい価値観を創造して、新しい幸福観にめざめなければならない時代に入ったのではないかと思っている。

地球温暖化防止の生き方は江戸時代に戻るのではなく、私は昭和30年代の暮らしに戻る事だと考える。現代文明は大量生産大量廃棄でやりすぎだ。昭和30年代の暮らしに戻れば原発を全廃してもエネルギーは足りるだろう。経済優先の政治を止めて、国民の幸福優先の政治に転換すべきと考える。

<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2012/7/25からの転載です)

坂本知忠先生から学ぶプレクシャ・メディテーション-プレクシャ・ヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス-ヨガ:股関節周りの柔軟性、讃歌:アラハトバンダナ、講義:非暴力について、瞑想:シャリーラ・プレクシャ 黄金の骨格瞑想

プレクシャ・メディテーションは、今から約2600年前、ブッダの時代からインドに伝わる古代瞑想法を、やはり仏教と同じ時代から存在し受け継がれている古代宗教ジャイナ教(テーラパンタ派)の前最高指導者であるアチャーリヤ・マハープラギャ師が、最新科学の知見を採り入れて現代的に再構成した古くて新しい瞑想法です。

理論面、実践面ともに、細かく体系的に構築されている瞑想法であるため、説明が平易で、初心者でも簡単にはじめられる内容になっています。

理論的には非常に深遠な内容を含んでいますので、他の瞑想やヨガに通じた人、親しんでいる人にも大いに参考になります。

2024年クラスから、プレクシャヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス、として開催してまいります。

内容)
ヨガ:股関節周りの柔軟性
讃歌:アラハトバンダナ
講義:非暴力について
実習:シャリーラ・プレクシャ 黄金の骨格瞑想

日時:2024年2月4日(日)10-12時(開場:9時半)

会場:茗荷谷中央大学キャンパス2階(住所:大塚1丁目4番地)
*丸の内線茗荷谷駅前の春日通りを左に行くと、新設の中央大学茗荷谷キャンパスがあり、その2階になります。中央大学正面入り口の手前左側に階段、右側にエレベーターがあります。お間違いのないようご注意ください。

会場参加受講料:2000円
アーカイブ動画視聴:1000円
*アーカイブ動画視聴の場合、クラス終了後1週間以内に、クラス動画を共有させて頂きます

講師:伊東真知子(指導ランク:講師)*ヨガ担当*

日本プレクシャ・ディヤーナ協会 役員
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印5回(2019年3月時点)
1980年沖ヨガ入門
1982年ヨガ指導開始
2008年プレクシャ・メディテーション指導開始
月2回神保町区民館にてヨガと瞑想クラス開催


講師:坂本知忠(指導ランク:教師)*讃歌、講義、瞑想担当*

 
日本プレクシャ・ディヤーナ協会会長
水晶瞑想両方研究所主宰
ヨガ瞑想指導歴35年以上
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印13回
2015年プレクシャ・アウオード受賞
著書:「白神山地」「虹のクリスタル・ワーク」「ジャイナ教の瞑想法」「勝利者の瞑想法」「坐禅の源流印度へ」「自分で自分の医者になる」他

問合先:日本プレクシャ・ディヤーナ協会(japan@preksha.com)

申込先:こちらお申込み
*リンク先へ移行できない方は「問合先」まで氏名、携帯電話をご明記の上、お申込みください。 

コラム:所有と無所有

私は人間の幸せというのは、その人が所有している物の、質と量であるとずっと思っていた。お金は無いよりあった方が良いし、お金が沢山あるということは少ないより自由度が高いのだと思っていた。お金がもっと沢山あればさらにもっといろいろな可能性が出てくると考えるが、今まで自分がしたいと思ったことのほとんどをする事が出来て、お金に困った経験はあまりない。若いころ漠然と欲しいと思っていたものはいつの間にか、ほとんど実現されて手元にある。今、自分の身の回りを改めて見回してみると、あまりにも沢山の物を所有していることが解る。

親から相続した屋敷は広大だ。庭の手入れだけでも多大の労力と経費が掛かる。自宅以外に奥会津の只見町には自分の夢を追いかけた結果、5軒の建物を所有している。この維持費もばかにならない。只見に所有している平坦な土地も数千坪にのぼる。それらは無駄だといえば確かに無駄である。煩わしいことでもある。瞑想センターを中心とした理想郷作りが自分の夢や願いであるから、なんでこんなに馬鹿な事をしているのかと思いつつ、多大な労力を費やして現在も実際にしていることである。

若いころから読書が好きだったので私の蔵書は甚大な量になっている。その蔵書を只見と自宅に分けて置いている。本はなかなか捨てることが出来ないので今も増えていく一方である。研究の過程で集めた水晶も把握出来ていないほどの量になる。刀剣や油絵などの骨とう品も数多く持っている。それらの物は全て過去の私がイメージし引き寄せた物なのだ。カルマが引き寄せたと云ってもよい。なんと欲深い人間なのだろうと改めて自分を客観視している。

私たちは普段、好きなもの素敵な物に取り囲まれて暮らしたらどんなに幸せだろうと考える。素敵な家族、素敵な家と庭、素敵な別荘、車、美術・骨とう品、宝石等々を追い求めて日々努力している。それが一般的な幸せの価値観だ。それを俗生活という。一方、所有を手放し出来るだけシンプルに気軽に生きていこうと云うのが出家生活である。典型的な出家の姿をいまに留めているのがジャイナ教の出家僧である。日本の僧侶のほとんどは所有の生き方なので、出家でなく俗生活者だ。現代の出家とはホームレスの人達かもしれない。彼らは生活保護を受けているのではなく自己責任で自由に生きているからだ。

私は年齢と共に所有物が増えて、今ではそれらの管理に煩わしささえ感じている。自己保存本能と自己拡大本能が人間を物の所有に向かわせる。物をいろいろ所有してもそれによって、心の平和や幸福、自由が達成できないことがわかる。だから偉大なる仏陀やジナは所有から無所有への道を歩み始めたのである。方丈記の鴨長明のように越後の良寛さんのように、ジャイナ教の出家僧のように無一物になれたらどんなに心が休まり平和だろうかと思うことがある。所有物を必要最小限に整理していく事がやましたひでこさんの提唱する断捨離整理術である。いらないものを手放し、心を軽く、住環境を清らかにする方法だ。究極的な断捨離がジャイナ教の出家僧だ。ジャイナ教の出家僧は本当に何も持っていない。私には出家生活は無理だったので沖先生が云われた半俗半聖の生き方を目指して今日までやってきた。バランスのとれた生き方をすると云うのが今回の私の人生のテーマである。俗生活の中で聖・俗のバランスを取る生き方を心掛けてきたつもりだ。

集まったものは何時か宇宙空間に散逸していく。宇宙空間に働いている力は陰と陽、プラスとマイナス、収縮と拡散である。所有することは陽であり、プラスであり収縮である。無所有、捨てること、手放すことはその反対のことだ。所有、無所有に良い悪いは無い。悪いのは執着である。持っていても持っていない心であればそれは無所有である。全て物は縁があって預かっているのだと思う心が捨てている心(捨の心)である。所有物を自分の為だけに使えばそれは所有になり、他の人の為に役立つように使えば無所有になる。全てのものは縁あって帰去来している。手元の物が離れる時期が来て、離れていこうとする時それに執着するから苦しみがやってくるのだ。無執着と無所有が同義語なのはそういう意味から理解出来る。私は今、自分が預かっているものをどの様に縁ある人に手渡していこうかと考える年になった。物の集合離散は考えても仕方がない事かも知れない。なぜなら縁起していることだから。しかし、出来るだけ大勢の人の役に立つように手放していきたいと思っている。また、ふさわしい人に引き継いでもらいたいと思っている。

<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2011/11/25からの転載です)

坂本知忠先生から学ぶプレクシャ・メディテーション-プレクシャ・ヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス-今月の講義:ジャイナ教哲学(アースラヴァ、サンヴァラ、ニルジャーラ)、今月の瞑想:レーシャ・ディヤーナ(2024バージョン)

プレクシャ・メディテーションは、今から約2600年前、ブッダの時代からインドに伝わる古代瞑想法を、やはり仏教と同じ時代から存在し受け継がれている古代宗教ジャイナ教(テーラパンタ派)の前最高指導者であるアチャーリヤ・マハープラギャ師が、最新科学の知見を採り入れて現代的に再構成した古くて新しい瞑想法です。

理論面、実践面ともに、細かく体系的に構築されている瞑想法であるため、説明が平易で、初心者でも簡単にはじめられる内容になっています。

理論的には非常に深遠な内容を含んでいますので、他の瞑想やヨガに通じた人、親しんでいる人にも大いに参考になります。

2024年クラスから、プレクシャヨガ/讃歌(マントラ)/講義/瞑想すべて体験できる1DAYクラス、として開催してまいります。

内容)
講義:ジャイナ教哲学(アースラヴァ、サンヴァラ、ニルジャーラ)
瞑想:レーシャ・ディヤーナ(2024バージョン)

日時:2024年1月14日(日)10-12時(開場:9時半)

会場:茗荷谷中央大学キャンパス2階(住所:大塚1丁目4番地)
*丸の内線茗荷谷駅前の春日通りを左に行くと、新設の中央大学茗荷谷キャンパスがあり、その2階になります。中央大学正面入り口の手前左側に階段、右側にエレベーターがあります。お間違いのないようご注意ください。

会場参加受講料:2000円
アーカイブ動画視聴:1000円
*アーカイブ動画視聴の場合、クラス終了後1週間以内に、クラス動画を共有させて頂きます

講師:坂本知忠(指導ランク:教師)

 
日本プレクシャ・ディヤーナ協会会長
水晶瞑想両方研究所主宰
ヨガ瞑想指導歴35年以上
プレクシャ・メディテーション研修のため渡印13回
2015年プレクシャ・アウオード受賞
著書:「白神山地」「虹のクリスタル・ワーク」「ジャイナ教の瞑想法」「勝利者の瞑想法」「坐禅の源流印度へ」「自分で自分の医者になる」他

問合先:日本プレクシャ・ディヤーナ協会(japan@preksha.com)

申込先:こちらお申込み
*リンク先へ移行できない方は「問合先」まで氏名、携帯電話をご明記の上、お申込みください。