プレクシャな生活(日本プレクシャ・ディヤーナ協会 準指導士・大野ゆか)

[プレクシャ瞑想と出会って4年弱がたちました。]
未だに瞑想とは何だろう? どのような変化を感じるのだろうかと手探りの中で、日々向き合っています。

朝の瞑想として、プラーナ・サンチャラニー・ムドラーを行う事が、習慣になってきました。どちらかと言えば夜型人間の私でも行う事によって、頭がスッキリとし1日のスタートを始める事ができます。

先日、少し大がかりな歯の治療をおこないました。その翌日、いつもの様に座して、プラーナ・サンチャラニー・ムドラーを始めました。しかし、始めたとたん前日治療したあたりが、ムズムズする様なズキズキする様な感じがして、どうしても意識が口の中に向いてしまいます。鎮痛剤も処方して頂いていましたが、薬にあまり頼りたくないと思いそのまま瞑想を続けました。続けていると徐々に意識は内側に向いていきました。108回呼吸を終え静かに目を開けると、頭はいつも通りスッキリ、口の中の違和感はなくなりました。

治療後2~3日は腫れたりすると言われており、頬は飴でも含んでいるか様にぷっくりしていましたが、痛みなどは起きませんでした。瞑想よる効果かと思える出来事でした。改めて日々続けていく事の大切さを感じました。

(2023年2月136号メルマガからの転載)
日本プレクシャ・ディヤーナ協会 準指導士・大野ゆか

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[日常生活の中にプレクシャ・ディアーナで学んだことを見つける気が付く事が楽しみになっています]

法事での事、読経後の説法で「仏舎利」についての話がありました。お配り頂いたプリントの冒頭に「舎利(しゃり)は、シャリーラの音写で…」とありました。目は「シャリーラ」にくぎ付けでした。頭の中では「こんな所でシャリーラに出会うとは!プレクシャ瞑想の中にあった言葉だ!」仏教のお寺なので、今までも耳にしていたり、目にしていたかもしれません。ただ自分の中では、法事は生活行事の中の一つで、瞑想は瞑想の時間で、と別々に考えていた事に気が付きました。瞑想の時間とは、座した意識を内側に向ける事だと、いつの間にか決めつけている事に気が付きました。

身体の変化は、動きであったり目に見えたり捉えやすいですが、心の変化はなかなか感じる事ができません。心の変化は、どうしたら気が付けるのでしょうか?
先日、友人たちと富士山の麓を訪れる機会がありました。天候にも恵まれ、その時はただ楽しいだけではなく、この機会やご縁に出会えた事への感謝の気持ちがいっぱいになりました。この様な事に気が付けようになったのは、瞑想を続けてきた効果かなと感じました。生活の中で、一つでも気づきが増え、また瞑想の深まりにつながると良いなと思っています。

(2023年11月144号メルマガからの転載)
日本プレクシャ・ディヤーナ協会 準指導士・大野ゆか

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